謙也君が甘える
もう、なんだかクラクラしてきた。
「ねえ、謙也君。」
「ん、なんや?」
私が振り向きながら呼び掛けると謙也は首を少しかしげながらも、ニカッと笑った。
なんだこれ、かっこいい。そっか、クラクラしてるのはこの謙也君のかっこよさのせいか、…って、いやいや、そうじゃないよ私!
確かに謙也君はかっこいいけど、今現在進行形でクラクラしているのはそういう理由からじゃない。
「謙也君、重い。」
「せやな、筋肉は重いわな。」
謙也君は私に後ろからのしかかったまま、笑って言った。
「なんで重いかを聞いてるんじゃないの!謙也君がのしかかってるから重いって言ってるの!」
あぐらかいた謙也君に、こっち来ぃやー、なんて笑顔で呼ばれて、あぐらの間に座って後ろから抱きしめられたまではよかったんだ。ちょっと恥ずかしいけど、嬉しいし。
でもなぜか謙也君は後ろから抱きしめただけじゃなくて、私の首元に顔をうずめて全体重かけてのしかかってきたんだ。
なんとか首だけで振り返りながら、もう、謙也君は私を潰したいのか、と言うと、謙也は楽しそうに笑った。
「潰したいわけやないねんけど、…あ、でも潰れたら伊織ちっさなってどこにでも持ち運べるかもしらんな。」
楽しそうな笑顔でさらっと恐ろしいことを言う謙也君の腕をぺしっと叩いた。
「小さくならない!」
「せやな、伊織は今のまんまの大きさで充分かわええもんなー。」
「っ、そんなこと聞いてない!」
なんだか私ばっかりがワタワタしてるみたいだ。
腹いせに、目の前にあった謙也君の腕にカプッと噛み付いた。
「ははっ、噛み付いとる。伊織猫なん?かわええなー。」
「ね、猫じゃない!」
「せやね、伊織は人間やんな。」
謙也君はそう言いながら、楽しそうに私の頭を撫でた。
「…謙也君のばか。」
「えー、なんでなん?」
謙也君は、ばか、なんて言われてもなおも楽しそうに笑っていた。
「謙也君は私を甘やかしすぎだと思うんだ。謙也君が抱きしめてくれてるときに重いとか可愛くないこと言っても笑ってるし、噛み付いても、ばかって言っても怒らないし。」
やっぱり、謙也君は私を甘やかしすぎなんだよ、ともう一度言うと、謙也君は体重をかけたまま腕の力を強めてぎゅーっと抱きしめてきた。
「ぐはーっ、だから重いって!」
「伊織んこと、もっともっと甘やかしたいって思っとるから、甘やかしすぎなんてことはあらへんよ。それに、」
謙也君はさらにぎゅーっと抱きしめる力を強めた。
「いっ、だから、重いー!そして痛いー!」
私が謙也君の腕の中で必死にうったえていると、謙也君の嬉しそうな笑い声が降ってきた。
「それにな、伊織やって俺んことめっちゃ甘やかしとるやん。」
「へ?」
いっつも甘やかしてくれてるのは謙也君の方なのにどういうことだろう、と考えていると、謙也君は笑いながら続けた。
「いっつも、思いっきしぎゅーっってしても、重いとか痛いって言いながらも、本気で押しのけたりせんと抱きしめられとってくれるし。」
「…え、それだけ?」
「それだけ、なんてことあらへんよ。俺はそれがめっちゃ嬉しいねん。」
すっごく嬉しそうな謙也君の声を聞いて、もしかしたら、わざと体重かけて重くしたり、力こめて痛くしたりするのが謙也君なりの甘え方なのかも、なんて思った。
だけど、やっぱり私よりも謙也君の方が甘いよ。
だって、わざと重くしたり痛くしたりって言っても、絶対に私が耐えられるくらいにしてくれてるし。
なんだかにやけそうになってしまった顔をかくすために、目の前の謙也君の腕にカプッと噛み付いた。
くすぐったいなー、と笑う謙也君の声も、なんだか嬉しそうだった。