謙也君とシンデレラ
あっつー、なんて言葉を小さく吐き出しながら、勢いよく自転車をこぐ。
風をきって走る、なんて言い方をしたら涼しそうだけど、実際は風をきるために自転車こいで汗かくから、プラマイゼロだよね。いや、太陽の陽射しの暑さのせいでむしろマイナスじゃない?なんて、暑さのせいかしょーもないことを考えていたら、パンプスが片足脱げてしまった。
落としたって気づいてからすぐにとまったはずなのに、スピードが速かったからか、結構な距離を進んでしまっていた。
うわ、取りに戻るのめんどくさいな。
でもしょーがないよねー、なんて思って、気怠げに振り向くと、後ろから走ってくる謙也が見えた。
「伊織ー、これっ!落としたで!」
結構な距離だったのに、謙也はあっという間に私に追いついた。あれだけ走ってたのに息全然あがってない、さすが運動部。
「わ、ありがと。」
「足ケガしたらアカンから気ぃつけやー。」
謙也はそう笑いながら、自転車にまたがったままの私にパンプスをはかせてくれた。
なんか、王子様みたい。
って、なに考えてるんだ私。
謙也が王子様みたいとか、夏で頭わいたのか。白石ならまだしも。
軽く頭を横に振って、考えをふりはらっていたら、謙也が不思議そうに見てきた。
「ん?なにしてんねん。」
「いや、謙也が王子様だったら、シンデレラの話なりたたないなーって思って。」
「へ、なんで?」
「だって、落とした靴を持って町中の家々をまわらなきゃいけないのに、謙也だったら靴おとした時点で追いついて捕まえちゃうじゃん。」
ほら、今みたいにさ、と謙也がはかせてくれたパンプスを指さしながら笑うと、謙也は、はははっと笑った。
「話ちゃんとなりたつやん!靴持って追っかけて、捕まえてハッピーエンドや!」
「だからそれだと展開早過ぎて盛り上がりにかけるんだって。」
「ええやん展開はやくても。やってさ、王子がモタモタしとるせいで、町中探しまわる間もずっと姫さんこきつかわれてんねんで。ま、俺やったら1日でも待たせへんっちゅー話や!」
「はいはい、スピードスタースピードスター。」
「あっ、自分ばかにしとるやろ。」
謙也が笑いながら私の自転車をぐらぐらゆすって落とそうとするまねをしたから、私も片足で謙也をけるまねをして笑った。
1日でも待たせへんなんていう謙也の言葉にちょっとときめいてしまったのは、夏の太陽が謙也の顔をいつもより輝かせていたからってことにしておこう。
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