風邪ひきで甘える財前君
風邪ひいた、なんて簡潔なメールが財前君から届いた。
りんごとスポドリと、あとゼリー。これでよし、とスーパーで買い物をしてから、財前君の家に向かった。
財前君のお母さんにお見舞いだと告げると、快く部屋に案内してくれた。
「財前君、…寝てる?」
「おき、とる。」
ベッドに横たわったまま返事をした財前君は顔も赤いし、しんどそうだった。
「来てくれたんや。」
「うん、心配だったから。財前君のお母さん、さっきご用事ででかけられたから、何か欲しいものあったら私に言ってね。」
「あつい、」
「アイスノン持ってくるね。冷凍庫開けていい?」
「ん、頼む。」
冷凍庫から持ってきたアイスノンを首の下に入れると、財前君は気持ちよさそうにした。
このまま眠れそうだし、そろそろ帰ったほうがいいかな。
「伊織、」
「何?」
「…りんご、」
「あ、りんご食べられそう?じゃあ、むいてくるね。」
食欲があるならよかった、と思って台所に向かおうとする私の服のすそを、財前君が力なく掴んだ。
「ここで、」
「ん、わかった。じゃありんごと果物ナイフ持ってきてここでむくね。」
りんごと果物ナイフを台所から持って財前君の部屋に戻ると、財前君はじっと扉を見つめて待っていた。
そんなにりんご早く食べたかったのかな、もしかして喉がかわいてるのかも。
早くむこう、とりんごの皮をむいていたら、財前君が小さな声で、なあ、と言った。
「何?」
「ゆっくりむいてや。」
じっと扉を見つめて待つくらい早く食べたいだろうに、どうしてこんなことを言うんだろう。
「なんで?早くむいても、けがしたりなんてしないよ?」
ちょっと笑いながらそう言うと、財前君は布団を目の下までかぶって、もそもそと言った。
「やって、りんごむいとる間は、伊織ここおるやん。…さっき、帰ろうと、しとったし。」
財前君が寝るの邪魔しないように帰ろうかと思ってたこと、気づかれてたみたい。
そうだよね、風邪ひくと、なんか心細くなるもんね。
「りんごむき終わっても、ちゃんとここいるから、大丈夫。」
私がそう言いながら財前君を見ると、財前君は恥ずかしくなったのか、視線をそらした。
「別に無理せんでええし。うつったりしたら俺も気ぃ悪いし。」
「うつらないように帰ったら手洗いうがいたくさんするから、だからそばにいさせてね。」
「…勝手にせえ。」
勝手にせえ、なんて言葉では言いつつも、その声音はなんだかほっとしたみたいだったから、ちょっと笑ってしまった。
財前君が風邪ひくのはいやだけど、風邪をひいたときにこうやってちょっとわかりにくく甘えてくれるのが実は嬉しいだなんて言ったら怒るかな?
財前君の風邪が治ったら言ってみよう、とちょっと笑いながらりんごをむいた。