鈍い財前君と幼なじみ
そとは激しい雨と雷。
隣の家から私の部屋にやってきた光君が部屋の窓を閉めて、雷雨の音が小さくなった。
生まれたときからいつも一緒で、こんな近くにいるけど、私は光君の一番にはなれないみたい。
小さい頃からずっと、好きだって言ってるけど、光君にちゃんと返事をもらったことは一度もない。
「光君、好き。」
「はあ、さよか。」
もう何回目かわからない告白に、光君は私の顔も見ずに返事をした。
いまだに毎回私が緊張してることなんて、光君は最後まで知らなかったんだろうな。
「ありがとうね、光君。」
「…なんがや?」
いきなりのありがとうを不思議に思ったのか、光君はやっと私を視界に入れてくれた。
「いろいろ、たくさん、ありがとう。」
「ふーん。」
雷がこわいって小さい頃に言ったのをいまだに覚えてくれてて、こうやって雷雨のときは私の部屋に来てくれたりとか、
風邪をひくと食欲のなくなる私のために、風邪のときは林檎のゼリーとスポドリを持ってきてくれたりとか、
思い返したらキリがないけど、全部言わなかった。
私だけの思い出にするんだ。
告白も、そばにつきまとうのも、今日で最後にするって決めたから。
「雨弱まってきたし、今のうちに家帰ったら?」
「雨は弱まってきたけど、雷はまだガンガン鳴っとるやん。」
優しいな、光君。
「ありがとう、でも、もう大丈夫。雷鳴ってももう来てくれなくていいし、お母さんたちが家にいなくて一人お留守番のときも泊まりに来てくれなくていいし、お見舞いもいらない。」
「なに、言うてんねん。」
光君のびっくりした顔、久しぶりに見たかも。
私はちょっと笑いながら続けた。
「光君に甘えるの、もうやめる。好きっていうのも、やめる。」
「なんでや。」
もう光君に迷惑かけたくないから、なんて無難なことを言おうかとも思ったけど、最後だからと思い直した。
「届かない思いをずっと持ってるの、ちょっと疲れちゃった。」
一緒の部屋にいたくなと思っても、光君はなかなか部屋を出ていく気配はなかったから、私は自分が部屋を出ようと立ち上がった。
「待てや。」
「なに?」
「もう雷鳴っても来んでええとか、伊織が一人で留守んときも来んでええとか、なんやそれ。じゃあ誰がすんねん。俺以外の誰かが、伊織の世話やくんか。」
立ち上がりかけた私の腕を掴んだ光君は、眉を思いっきりよせて顔をしかめていた。
「まあ、いつかは、そうなるかもね。」
本当は、光君のことが大好きだから、そんな「いつか」なんて想像もできないけど、甘えるのやめるって宣言したんだから、そんなこと言ったらだめだよね。
「っ、なんやそれ!」
「光、君?」
何かに怒ったのか、光君は語気を強くして、私の腕を掴む力を強くした。
「ずっと好きやって言ってたやないか。なんや勝手に好きって言うのやめるとか、甘えんのやめるとか!やめんなや、アホ。」
なんて言えばいいのかわからなくて、私は光君の目を見た。
「伊織の世話やくんは、俺の役目や。これから先も、ずっと変わらへん。」
「でも、光君は、私のこと、好きじゃないよね。」
幼なじみとしてこう言ってくれてるのは、すっごく嬉しいけど、私は幼なじみとして以上に光君が好きなんだ。
だから、やっぱり離れた方がいいよ、と思いながら光君を見ると、また痛そうなくらい眉をよせた。
「うるさいわ、アホ。」
「じゃあ、うるさいから出てくね。」
せっかく甘えるのやめようって決意したのに、これ以上に決意を揺さぶられたら、折れちゃいそうな気がして、部屋を出ようとした。
「伊織、」
今度はさっきと違って腕は掴まれたなかったけど、私がドアノブに触れるのとほぼ同時に、光君に名前を呼ばれた。
その声がなんだか泣きそうな気がして、つい私は振り返った。
「すまん、出てかんといて。…好きやから、俺も。」
「…嘘だ。」
だって今までそんなそぶりなかったし、さっきだって好きって言っても流したし、と言うと光君は気まずそうに視線をそらした。
「伊織が離れてくって思ってはじめて気づくとか、ほんまかっこわるいけど、嘘とちゃうから、せやから離れてかんといて。」
「光君はばかだなぁ。」
おちょくっとんのか、と腹立たしげに私を見た光君は、私が泣いてることに気づいて、ぎょっとしながら近寄ってきた。
「光君のこと、こんなに、すごくすっごく大好きだから、離れるなんて、できないよ。」
泣きながら笑ってそう言うと、光君もちょっとだけ柔らかく笑って、私の頭にぽんっと手を置いた。
「ん。」
その、ん、はすっごく優しい声音だったから、嬉しくって、また涙が出てしまった。