short | ナノ


謙也君なりの翻訳


謙也はゲームをして、私は本を読んでいる。

特に会話はあんまりないけど、実はこの時間が結構好きだったりする。

少し退屈になっても、話しかけたら、手をとめてちゃんと聞いてくれるし。

「ねえ、アイラブユーを訳してみて。」

私が本から目をあげて、なんの前触れもなくそう言うと、謙也は首をかしげながら、愛してる?と言った。

「30点。」

「えー、なんでやねん。他になんて言ったらええねん。」

「昔の文豪には、死んでもいいわ、とか訳した人もいるよ。」

死んでもって、こわ!と言う謙也がちょっと可愛くて、笑ってしまった。

「月が綺麗ですね、なんて訳した人もいたなー。」

「おー、そっちはなんかええな!伊織からしたらその二つは何点なん?」

あ、さっき適当に30点って言ったこと気にしてるのかも。

「オリジナルなものに点数なんてつけられないよ。」

謙也はよくわからなさそうな顔をしていたから、誰かに使い古された表現じゃなくて、自分自身のっていうのが重要なの、とつけたした。

「ふーん、そういうもん?」

「ん、そういうもん。」

謙也はふーん、と言いながらちょっと考えてるみたいだったから、考えがまとまるまで本を読んどこ、と本に目を戻した。

「伊織、」

「何?」

謙也は何かを思いついたのか、嬉しそうな顔で近づいてきた。

「アイラブユーの訳!これ。」

これ、ってなんだろう、と続きの言葉を待ったけど、謙也は何も言わずに、抱きしめるだけだった。

「これ?」

「ん。言葉になんて表されへんから、せやからこれがアイラブユーの訳。」

自分で言っておいて照れたのか、謙也は照れくさそうに笑いながら、30点よりは合格ライン?と少しおどけた。

「アホ。」

「なっ、アホってなんやねん、アホって!」

本当にアホだ。

こんなに嬉しいのに、点数なんて、つけられるはずがない。

謙也よりも照れていることに気づかれないように、抱きしめられたまま顔を謙也に押し付けた。

謙也はそんな私の行動の意味に気づいたのか、優しく笑って私の頭を撫でていた。


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