財前君とイヤフォン
今日からテスト期間に入って、部活は休み。
いつもは遅くまで学校に残ってるから、部活ないとなんか変な感じがする。
なんとなくまだ帰りたくないな、なんて思って教室でテスト勉強していたら、結構な時間になっていた。
ついさっきまで、何人か残ってたと思ってたのに、いつの間にかみんな帰っちゃったのかな。
「、っ!」
ざ、財前君が、いる!
静かだから誰もいないのかと思って目だけで周りを見ると、自分の席に座っている財前君が目に入ってきた。
なんでいるんだ、財前君!
部活は?って、ああ、そっか、テスト期間は部活休みだよね。
でもじゃあなんのために残ってるんだろう。暇そうに携帯いじってるし、誰か待ってるのかな。
可愛い子が、待たせてごめん、とか行って教室に入ってきたらどうしよう。
…へこむ。確実にへこむ。
はちあわせないために早く帰ろうと勉強道具をしまいかけて、手をとめた。
でも、財前君と二人きりなんて、めったにあることじゃないよね。
寝たふりしとこ。
そしたら、彼女が来るまで、財前君と二人きりの空間にいられるもんね。
かばんから取り出したイヤフォンを耳につけ、ひじを立ててあごをのせ、目をつむった。
もっと積極的だったら、話しかけたり、できたのかな。
でも私には、同じ空間にいて、逃げずにいるだけで、精一杯だよ。
こんなんだから、絶賛片思い期間更新中なんだよね、と心の中でため息をついていたら、ガタッと席を立つ音が聞こえた。
もう帰るのかな。
女の子の声は聞こえてないから、校門で待ってるよ、とかメールでも来たのかも。
「ん?」
寝たふりをしながらそんなことを考えていたら、左の耳からイヤフォンがなくなる感覚に驚いて、目を開けた。
「あ、起きとった。」
「ざ、いぜん君。」
教室から出たと思っていた財前君は、私の隣の席を私の近くにひっぱってきて、そこに座っていた。
「あー、こんなん聴くんや。」
「えっと、うん。」
聴いたことあらへんかったけど、この曲ええな、なんて自然に会話を続ける財前君の言葉がうまく頭に入らない。
どうしよう、財前君と、イヤフォン、かたっぽずつだ!
てか、距離近いよ、本当に!
固まってしまって、財前君の話しかけてくれる言葉に、ああ、とか、うん、とかかろうじて相槌をうっていたら、財前君は不思議そうな目で私を見てきた。
「まだ眠いん?」
「眠くない、よ、…いや、うん、眠い!」
「…ん?」
「だからもう家に帰って寝るね!ばいばい財前君、また明日。」
もうこれ以上こんなに近くにいたら心臓破裂しちゃうよ、と思いながら急いで帰る支度をしていたら、なぜか財前君まで当たり前のように帰り支度をはじめた。
「あれ、財前君も帰るの?」
「おお。」
せっかく財前君とイヤフォンかたっぽずつで音楽を聴くなんて夢のようなことがあったのに、そんなすぐ後に彼女を見てへこみたくないな。
「うん、じゃあ、またね!」
「…は?ちょっ、なんでやねん!」
財前君より先に帰ってしまおうと急いで教室の扉に向かったのに、財前君に阻まれてしまった。
「一緒帰ればええやん。」
「え、3人で?」
それはちょっと、てかかなり嫌だよ、と思いながら聞くと、財前君の眉間にしわがよってこわい顔になった。
「は?3人て、あと1人誰や。神崎誰か待っとったん?」
「いや、私は誰も待ってないけど、」
「ほな2人やんけ。」
財前君の顔がこわい顔から元の顔に戻ったのを見てから、おそるおそる聞いてみた。
「財前君こそ、誰か待ってたんじゃないの?」
「は?」
「こんな時間まで教室に残ってるのに、携帯いじってる暇そうだったし。」
「あー、まー、待ってたっちゃ、待ってたわな。」
「…じゃー、その子と帰ればいいじゃん。」
やだ、思ったより拗ねたような声が出てしまった。
なんだか気まずくて、目線を泳がすと、財前君に片手をとられた。
「せやから、今、その『待ってた奴』と帰ろうとしてんねんけど。」
「へ、」
「ほら、帰るで。」
何も聞く間もなく、財前君は私の手をひいて歩きだした。
え、なになに、どういうこと。
いろいろ聞きたいことはあったのに、軽くななめ一歩後ろから見た財前君の耳が、いつもより赤いのを見て、恥ずかしくなってさらに何も言えなくなってしまった。