一氏君と体育の授業
今日の体育の授業はソフトテニス。
まだ今日は試合じゃなくて気楽にラリーって感じだからすっごく楽しい。
ソフトテニスだからもし球があたっても痛くないもんね、なんて気の抜けたことを考えていたからなのか、いきなり後ろからボールがあたってよろめいてしまった。
「、ったたぁ。」
うわ、頭がグラグラする。
嘘、ソフトテニスの球ってあたったらこんなに痛かったっけ、と思って自分のそばを転がるボールを見たら、サッカーボールだった。
そっか、今日男子はサッカーだったっけ。
一応高いついたてが立ててあるのに、それを乗り越えるとか、どんだけ威力あるんだ。
「伊織、大丈夫っ?」
あまりに痛そうだったのか、ラリーをしていた友達が心配そうに駆け寄って来てくれた。
「大丈夫、大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから。まあ、痛いのは痛かったけどね。」
実際どこも怪我してないし、と立ち上がろうとしたら、血相を変えたユウジ君が走って来た。
「伊織っ!大丈夫かっ!」
「え、うん。」
それよりユウジ君、今授業中だからサッカーボール持って早く戻って、と言おうとするも、それより早く口を開いたユウジ君に遮られた。
「って、血ぃ出とるやないか!」
ユウジ君に言われて、膝を見ると、ボールがあたって膝をついた時にすりむいたのか、少しだけ血が出ていた。
「いや、血って…、ほとんど出てないよ。もう止まってるし、痛くないし。」
「アカン!保健室行くで。」
「いや、大丈夫だから、本当に!」
ユウジ君は私の友達に、保健室連れてくって先生に伝えとってや、と行ってから私の手をひいて歩き出した。
ここで歩かなかったら、歩けないと勘違いしたユウジ君に運ばれそうな予感がしたから私は観念して素直に着いて行った。
「えっと、消毒液、ガーゼ、絆創膏…」
保健室に着いた途端、ユウジ君は棚からいろいろなものを出しはじめた。
いったいユウジ君にはどんな大怪我に見えているんだろう。
とりあえず傷口は洗っておこう。
「伊織、傷口流したらこっち来ぃや。」
「はーい。でも本当傷口小さいから、消毒液だけで大丈夫だからね。」
「アホ、めっちゃ大怪我やった…、ってあれ。伊織、めっちゃ治癒力高い?」
ユウジ君は改めて私の傷口を見て、やっとそんなに慌てる怪我じゃないことに気づいたみたいだった。
「そんなわけないでしょ。もとから怪我小さかったの。」
それなのにユウジ君が大騒ぎするから、それにびっくりしちゃったよ、と笑うと、ユウジ君はホッとしたように肩の力を抜いた。
「なんや、よかった。とりあえず消毒はしとこ。足出し。」
「はい、ありがとう。」
それにしても、いつもは人前で名前を呼ぶのさえ恥ずかしがるユウジ君が、大声で名前を呼んで、手をひいて保健室まで連れて行ってくれるだなんて。
さっきはユウジ君の慌てぶりにびっくりしてただけだったけど、落ち着いてみると、すごくレアだったよね、さっきのユウジ君。
「ふっふふ、」
「怪我しとんのに、なにわろてんねん。」
ユウジ君は消毒しながらいぶかしげに聞いてきた。
「ごめんごめん、ユウジ君が心配してくれたのかなって思ったらなんだか嬉しくて。」
たぶんこんなこと言ったら、心配なんてしてへんわアホっ、とかって怒られるんだろうな。
でもユウジ君は私の予想に反して黙りこむだけだった。
「、ユウジ君?」
「心配、したわ、アホ。座っとるだけで倒れとるように見えたり、血ぃ見ただけでめっちゃ大怪我に見えたりするくらい、めっちゃ心配したわ。」
ユウジ君は、消毒の道具を机に置いてから、ポンッと頭に手を置いた。
「まあ、ちっこい怪我でよかったわ。」
ユウジ君は私の頭から手を離して、ほな授業戻ろかー、と立ち上がった。
反則だ。
いつもは全然そういう優しいこと言ってくれないのに、いきなり言うなんて。
「うわっ、伊織、熱あるんとちゃうか?」
「っ、ない!戻るよ。」
ユウジ君は不思議そうに首を少し傾げながらも、おう、と言って着いて来た。
素直に、ユウジ君が心配してくれたのが嬉しくて、照れちゃったんだよ、なんて言えたらいいのかもしれないけど、どうやら私もユウジ君ほどではないけど、素直じゃないみたい。
それでも小さな声で呟いた、ありがとう、はユウジ君の耳にちゃんと届いていたみたいで、ユウジ君は一瞬だけ優しく笑ってくれた。