一氏君と雨の日
雨や。
雨が嫌いってわけやないけど、今日は傘を持ってへんから降られると困る。
「天気予報、晴れやって言っとったやないか。」
部活が休みやから小春と一緒に花月にでも行こうかと思っとったのに、気がついたら小春はおらんし、そのうえ雨にまで降られるし。
はあ、踏んだり蹴ったりや。
「あ、傘ないん?」
「なんや?」
ため息をついとったら、後ろから知らん女の声がした。
「せやから、傘、ないん?」
いぶかしみながらも、ないで、と告げると女は顔を輝かせた。
なんやこら、喧嘩うっとんのか。
「傘貸したる!はい。」
「あ?・・・おおきに。」
相合い傘しろっちゅーんか!初対面の女と!?
いや、でもせっかく貸してくれたんやし、と思いながら女を見ていると、鞄の中から折りたたみ傘を取り出して開いた。
「って、なんでやねん!?なんで傘二つ持ってんねん!」
ここはドキドキしながら相合い傘するシチュエーションやったやろ?
「雨の日にロマンス始まったらおもろいなーと思って。せやから、人に貸せるように予備持ってんねん。」
でもなかなか傘忘れた人に会わんから、傘貸すん自分が初めてやで、と笑いながら言われた。
「アホか。こんなんでロマンス始まっとったら街中ロマンスだらけや。」
「あはは、そうかもね。」
傘返すんいつでもええから、適当に3年の傘立てにさしとってやーと笑って去って行こうとする女の腕を掴んでひきとめた。
「一氏ユウジや。自分も名前教えんかい。」
「え?」
ちょっと驚いた顔で見てくる女から顔を逸らして、少し早口で続けた。
「名前も知らんかったらロマンスも始まりようがないやろが!アホ!」
ちらっと女の顔を見ると、驚いた顔から照れたような嬉しいような顔に変わった。
「神崎伊織。一氏君、ほなまた明日。」
「おう、また明日な、神崎。」
雨の日に始まるロマンスか。
そんなに悪いもんやないかもな。
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