財前君と天然っ子
今日は伊織とデートや。
いつも待ち合わせより早く来る伊織より早く着いておこうと思って、わりと早く着いたのに、待ち合わせ場所にはもうすでに伊織の姿があった。
どんだけ早く来てんねん、アイツ。
「伊織、…って、コイツ誰やねん。」
近寄ってはじめて、伊織が一人ではないことに気がついた。
誰やねん、この男。
俺が声かけたらあからさまに気まずい顔しよってからに。
絶対ナンパやな。
「道に迷ったんだって。でも行きたい場所の名前も忘れちゃったから、一緒に歩いて探してくれないかって頼まれてたの。」
迷子のとき一人で歩くの心細いもんね、と笑う伊織には一点の曇りもなく、まさかこれがナンパやなんて気づいてないんやろな、と思った。
心苦しくないんか、こんな純粋な奴騙して、とナンパ男を睨むと、なんや苦しそうな表情で胸を押さえていた。
…苦しくなるんなら、はなからすんなや。
「で、どこ行きたいねん、自分。」
「えっと、あの、道思い出したんで、大丈夫っス。」
「えっ?よかったですね!」
よかったですね、ちゃうわアホ。
伊織の純粋な笑顔を向けられ、罪悪感に堪えられなくなったんか、そいつは逃げるように去って行った。
「よかったね、道思い出せたみたいで。」
「はあ、次からは道聞かれても着いて行ったらアカンで。口で教ええや。それでわからん言う奴がおったら俺呼び。」
伊織は不思議そうな顔をして首を傾げていたから、わかったな?と念押ししたら、わかった、と言って頷いた。
ほんま、伊織見とるとヒヤヒヤするわ。あー、腹立つ。
でも見てへんと、ヒヤヒヤどころやあらへんし。
しゃーないから、伊織んこと、俺がずっと見てよ。
「光君、なんか嬉しそうだね。楽しいこと考えてた?」
嬉しうちゃうわアホ、と言おうとしたけど、伊織の言葉に遮られた。
「光君が嬉しいと、私も嬉しいよ。」
あまりに楽しそうに言うもんやから、なんや毒気を抜かれてしまった。
「はあ、ほら行くで。」
「うん!」
差し出した手を嬉しそうに握る伊織の手をもう一度握り返した。
伊織が嬉しいんは、俺かて嬉しいわ、なんて言葉が手から伝わったらええのにな、なんてアホなことを考えながら。