一氏君と嫉妬
あー、腹立つ、腹立つ。
なんなんもう腹立つわ。
めっちゃ腹立ちながら、隣の席でクラスの男子と話しとる伊織を見とったら、視線に気づいたのか伊織がこっちを見た。
ちょうど話が終わったとこだったらしく、クラスの奴は伊織の席から離れて行った。
「ぷふっ、なんやねん。その顔。めっちゃ怖っ!アカンで、自分もともと人相悪いねんから、ちょっとは笑っときやー。」
「アホ、誰のせいやと思ってんねん。」
「わかっとる、わかっとる。はい、飴ちゃんあげよ。」
「あ?」
わかっとると言われ、え、伊織、俺のアホな嫉妬に気づいとったん、と一瞬焦るも、差し出された飴にまた眉がよった。
「飴ちゃんじゃアカンの?しゃーないな、大サービスやで。はい、蒸しパン。」
「せやからなんやねん、この食いもんは。」
「え、一氏、お腹減ったからイラたってんとちゃうの?」
なんか、一気に脱力した。
「ほんまアホやな、伊織。でもとりあえず蒸しパンはもろとく。」
ぷふっ、もらうんかい!と楽しそうに笑いながら蒸しパンを差し出す伊織を見て、ちょっとは気持ちが落ちついてきた。
ずっと俺見とけばええねん。俺見てわろとけばええねん。
「ん、うまいな。」
「せやろ、それめっちゃうまいねん。てか、やっぱお腹減ってたからやないん、蒸しパン食べたら機嫌なおっとるやん。」
「んー、まあ、そゆことでええわ。」
伊織は、お腹減ったくらいであんなめっちゃ怖い顔になるやなんて、一氏もまだまだガキやなあ、と楽しそうに笑った。
「なあ、さっき何話しとったん?」
「んあ?ああ、鈴木と?私の髪について。」
「あ?髪?」
どうせ宿題のこととか、しょーもないことやろな、なんて思ってたのに、髪てなんやねん、髪て。
「鈴木がな、神崎は髪長いんにあんま髪型いじったりせえへんねんなって言ってきたから、楽やから伸ばしとるだけやしね、って話しててん。」
伊織はそこまで言うと、ちょっと照れたように笑いながら続けた。
「でもな、髪そのままおろしとるのも似合っとるのもかわええな、なんて言われてん。」
なんやねん、ほかの奴に照れんなや。
「頭ちょっと貸せ。」
「へ、なんなん。」
驚いている伊織の後ろに立って、くしで伊織の髪をといた。
「すぐ終れるからちょっと待っとけ。」
「変な髪型にせんといてや。」
「うっさいわ、アホ。」
伊織は、アホちゃうし、と笑いながらも、抵抗したりはせずに、黙って俺に髪を結わせていた。
「ん、できた。」
「はっ、はやっ!鏡見せてー。…、わあ、すごっ!一氏、すごいな!めっちゃ器用やな。」
「こんなん編み込み二つでカチューシャみたいに見せて、流しとる髪にワックスで少し動きつけて、耳の上に花つけただけやわ。」
簡単なことしただけやけど、伊織にキラキラした目で見られるんは、ちょっと気分ええな。
「簡単そうに言うけど、ほんますごいで。おおきに!あ、でもこの花飾りは返さなやな。」
耳の上につけた花をとろうとする伊織の手を抑えた。
「返さんでええ。それ、伊織に似合うやろなって思って買ったやつやから。」
「へ、…え?」
どういう反応をしたらええかわからずに視線を泳がせる伊織は、なんかかわいかった。
「やっぱ似合っとるな、かわええ。」
「なっ、ひ、一氏?変なもん食べたん?蒸しパンか、さっきの蒸しパンか?」
俺のことなんやと思ってんねん、こいつは。
「かわええと思ってるやつにかわええって言って何がアカンねん。」
「も、勘弁して。なんか爆発しそう。」
伊織は真っ赤な顔を隠すように、机に突っ伏した。
せやせや、さっき鈴木に照れとったんなんか忘れるくらい、今みたいに俺のこと意識しとったらええねん、なんて思って伊織に気づかれないくらいちょっと笑った。