続・千歳君と猫と煮干し
千歳君と猫と煮干しの続き
いつもより早く目が覚めた。
千歳君が今日教室に来るって言ってたのが楽しみだったからとかでは、別にないけど。
せっかく早く起きたんやし、珍しくいつもより早く学校行ってみようかな、と家を出たら思ったより早く着いてしまった。
まだ誰もいないよね、と思いながら教室に入ると、私の隣の席で突っ伏して寝ている人がいた。
「千歳君や。…てか、寝とるやん。」
まあ、ホームルームまで時間あるし、それまで寝てたらええかって思って、私は自分の席に座って、机にひじをついて隣を見た。
ほんまに、来たんやな。
私との約束を覚えていたからかなんてことはわからへんけど、それでもやっぱり嬉しいわ。
「ん、…伊織?」
「あ、起きたん?おはよー。」
いきなり起きた千歳君にちょっとびっくりしながらもそう言うと、千歳君は、にへらっと笑った。
「すごか視線感じたけん起きたばい。」
「なっ、そんな見てへんよ!」
確かに結構見とったかも。いや、せやけど千歳君寝とってんから、視線なんて気づかんやんな。
「ははっ、照れとぉと?」
なんだか余裕な千歳君に腹がたって、照れてへんし、と言ってそっぽを向いた。
「拗ねなさんな。こっち向きなっせ。」
千歳君の声はまるであやすかのように優しくて、なんだか余計意地になってそっぽを向いた。
ほんまは、せっかく教室来てくれたんやからもっと話したいのに。
昨日、なんだか仲よぉなれる気ぃしたんに。
意地をはったことにちょっと後悔していると、背後で席を立つ音が聞こえた。
うそ、教室出てまうん?
「アカン!…って、わあ!」
「はは、何がアカンと?いきなり振り向くから驚いたばい。」
とっさに引き止めようと振り向くと、千歳君は教室から出ていくどころか、さらに私に近づいていた。
あまりの近さにびっくりして、引き止めようとした体勢のまま固まっていると、千歳君は私の前にしゃがんで、私の頭をわしゃわしゃーっと撫でた。
なんか、ちょっと恥ずかしいけど、千歳君に頭撫でられるの、好きかも。
「口開けなっせ。」
なんだろう、と思いながらも口を開けると、口の中に何か甘いものを入れられた。
「飴?」
「ん、昨日約束したけんね。」
そういえば、そんなことも言ってたっけ。
明日は煮干しやなくて飴持って来るとかなんとか。
「ほんまに持って来てくれたんや。おおきに。」
ちゃんと教室に来てくれたこととか、飴を持ってきてくれたこととか、約束を忘れないでいてくれたことが、なんだか嬉しかった。
「まだまだあるったい。食べなっせ。」
千歳君は嬉しそうに笑いながら私の手をとって、その上にバラバラと飴の包みをのせていった。
「わわっ、こんな食べられへんよ。」
千歳君に返そうと手を差し出すと、笑いながらさらに飴をのせられた。
「わっ、せやからもうええって。もうぎょーさんもろたから、あとは気持ちだけで十分!って、な、何してんねん!」
こんなにもらったら千歳君が食べるぶんないやんと思って返そうとすると、次は千歳君に差し出していた手をひかれ、私の席の横にしゃがんでいた千歳君の腕の中にダイブさせられてしまった。
「んー?気持ち渡しとるばい。」
「気持ちっ?いや、確かに言ったけどな、例え話やから!ほんまに示して欲しいわけちゃうから!」
せやから離して、と千歳君の腕の中であばれるも、千歳君は楽しそうに笑うだけでまったく離してくれなかった。
「ははっ、むぞらしか。気持ち、伝わらんと?」
「ち、千歳君が思ってること全然わからへんから、伝わってるか、伝わってへんかで言うたら、伝わってへん!」
私が恥ずかしさに堪えながらそう言うと、千歳君は全くショック受けてなさそうな声で、ひどかーと言って笑った。
「伊織と仲よくなりたいだけばい。」
「仲よぉ、なりたいん?」
仲よくなりたいから煮干しとか飴とかくれたり、抱き着いたり、なんか千歳君っておもろいな。
千歳君が昨日からよく言っとる、むぞらしいって、たぶんおもろいって感じやんな。
「千歳君ってむぞらしかね。」
千歳君は私の発言を聞くと、私を抱きしめたまま、きょとんとした。
「え、千歳君、おもろいって自覚ないん?めっちゃおもろいで。」
「はは、むぞらしかって、おもろいって意味じゃなかよ。」
「え、ほんま?」
私があばれたり変な動きしたときによく言ってたから、てっきりおもろいって意味やと思ってたわ。
「関西弁で言ったら、」
千歳君はぎゅっと抱きしめる力をさらに強めて囁いた。
「かわええな、伊織。」
なんか、もうアカン。
さっきまではなんとかこの腕の中から逃げようとしてたけど、逃げるのをやめて、千歳君の胸に自分のおでこを押し付けて、顔を隠した。
そんな私を見て、また、むぞらしかね、なんて言うもんだから、もうさらに恥ずかしくなってしまった。