白石君に追い詰められる
放課後、図書委員の仕事が終わって教室に戻ると、もう誰もいなかった。
結構遅いもんね。
ちらっと廊下を見ても、端から端まで、誰もいなかった。
これはなんかチャンスだ、と思って、もう一度周りに誰もいないことを確認してから、私は白石君の席に恐る恐る腰掛けた。
「わー、白石君の席だ。」
そっか、白石君はいつもこんな景色を見てるのかとか、あ、ここ意外と窓の外見えやすいな、もしかして白石君でも授業中、窓の外を見たりするんだろうか。
そうだったら、なんか親近感わくな、なんて思って小さく笑った。
「何しとるん?」
「…、」
うそ、教室のドア開く音したっけ。
というか、この声って、白石君、だよね?
私が固まって答えられずにいると、白石君の近づいてくる足音が聞こえた。
「なぁ、聞こえとる?何しとるんって聞いてるんやけど。」
「えっと、あのね、…っ!」
白石君優しいから素直に謝ったら怒らないかな、なんて甘い考えで、勝手に座ってごめんなさいって謝ろうと顔をあげた私は、白石君と目があった途端、何も言えなくなってしまった。
なんか、なんていうか、白石君、すごく怒ってる!
どうしよう、自分の席に勝手に座られるって、そんなに嫌なことだったの?
もしかして、私のことが嫌いだから、こんなに怒ってる?それとも、誰でも怒る?
ああ、せめて後者であって!
「続き、言わへんの?」
白石君が机に置いた掌が、ダンッと静かな教室に響き、私は思わず席から立ち上がった。
何がなんだかわからないけど、とりあえず今は逃げよう。
そして明日改めて白石君に謝ろう、と教室のドアを目指した私は、ドアの一歩手前で呆気なく白石君に片手を捕らえられてしまった。
「こわがらんといてや。ただ何しとたったか聞いてるだけやん。な?」
白石君は言いながら、片手で私の髪をすくった。
言葉も優しいし、私の髪を触る手も優しい。
でも、私を逃がさないと主張するかのように私の顔の横に突っ張られた片手と、一瞬たりとも私から離そうとしない目が、なんだかこわい。
「なあ、」
「、っ!ご、ごめな、さ、」
「何を、謝っとるん?」
「か、勝手に、座っ、て、」
「なんで、座っとったん?」
もう、白石君、絶対わかってる。
それなのに、こんなに追い詰めるようなことをするなんて、きっと、私のことが、本当に嫌いなんだ。
「うっ、ごめ、…ひっく、ごめんなさ、」
席に、座らなきゃよかった。
そしたら、白石君にこんな風に責められることもなかったし、…白石君がこんなに私のことを嫌ってるだなんて、知らずに済んだのに。
「…泣かんといて。もうこわがらさへんから。」
白石君は、ちょっとの間の後、寂しそうな声で、そう言った。
「ご、ごめん、もう、泣かない。」
ただでさえ嫌われてるのに、さらに、すぐ泣いてめんどくさい奴だなんて思われたくなくて、必死で泣き止もうと、目をごしごし擦ると、目ぇ痛なるで、と白石君の手に優しく止められた。
白石君の手は優しかったのに、白石君の手が私の手に触れた途端、思わず体全体がビクッとなってしまった。
白石君はそんな私を見て、自嘲的な笑いをこぼした。
「あーあ、すっかり、こわがられてもたな。」
「違、」
「違わんやろ。謙也が好きなくせに。」
謙也君?え、なんで、謙也君?
「え、違、」
「せやから違わんやろ。」
「本当に、」
「ほな、なんで謙也の席に座って、あんな幸せそうな顔しててん?」
「…え?」
え、ちゃうやろ、何が、え、やねん、と言う白石君の言葉が、なんだかうまく頭に入らなかった。
「え、あの席、謙也君の?」
私が恐る恐る尋ねると、白石君はいぶかしげに頷いた。
うそ、間違えた、と焦る私を見て、白石君はまた口を開いた。
「誰の席やと思ってたん?」
「…白石君。」
「ん?」
「違う、今のは呼びかけたんじゃなくて、…白石君の席だと、思ってた、の。」
だから、勝手に座って、ごめんなさい、と改めて頭を下げると、白石君は、その場にへたりこんだ。
「し、白石君っ?」
「アホや、」
「えっと、うん、ごめんなさい、」
なんだかさっきのピリピリした空気がやわらいだ気がして、私が改めて謝ると、白石君はへたりこんだまま、顔をあげて私を見上げた。
「いや、まあ、席間違えたんはアホやけど、めっちゃアホなんは神崎やなくて、俺。」
白石君が、アホ?
「や、白石君はアホじゃないよ。私のがアホだよ。」
「いや、俺のがアホや。」
白石君の何がアホかわからなくて、私はその場にしゃがんで、白石君に目線をあわせた。
距離、近いけど、さっきと違って、もうこわくないや。
「…勘違いしてこわがらせるとか、ほんまアホや。堪忍な。」
「白石君は、すごく、友達思いなんだね。」
「…は?」
だから、謙也君の席に勝手に座ったのは怒るけど、自分の席に座られるのは怒らないんだ、と感動した目で白石君を見ながらそう言うと、白石君は、何言うてんねん、という目で見てきた。
「やっぱ神崎もアホや。」
え、だからさっきから認めてるよ、と言おうとしたけど、白石君がコテンと私の肩に頭を預けてきたから、びっくりして何も言えなくなった。
「俺アホやから、あんま、あせらさんといて。」
何が白石君を焦らせたのかはわからないけど、白石君のまとう雰囲気がすっかりやわらかくなったのが嬉しくて、私は、うん、と頷いておいた。
これからも、こんな風に白石君と話せるようになれたらいいな。
「(ああ、絶対意味わかってへん。)」
「(い、いつまで、くっついてるんだろう。心臓がやばいよ。)」
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