千歳君とけんか
「千歳君、さっき女の子たちにクッキーもらってたね、たくさん。」
「んー、クラス、調理実習やったったい。」
別にそんなこと聞いてるわけじゃないもん。
私はふてくされてるのを隠さずに、ムスッとした。
「ははっ、なんねその顔。」
「もう、千歳君何笑ってるの!私不機嫌なの!ふてくされてるの!」
だから笑うところじゃないんだよ!と言いながら千歳君のお腹を両手で叩くと、千歳君は私の頭を両手で撫でながら笑った。
「ははっ、妬いてくれたと?伊織はむぞらしかね。」
いつもは千歳君のこのペースにつられて、いつの間にか怒りがどっかに行っちゃうんだけど、今日はいつもと違った。
「もう、いつもいつも子ども扱いして!千歳君のばかばか!もう知らない!」
私は千歳君を両手で押しのけて、走り去った。
何よ、私のクラスだって調理実習あったのに、あんなにたくさんもらってたら、私のあげられないじゃん!
走って走って、気がついたら足は屋上に向いていた。
「…誰もいない、よかった。」
走って切れた息を整えているうちに、だんだん頭も冷静になってきた。
千歳君に、八つ当たりしちゃった。
千歳君が人気なのは、もとから分かってることだったのに。
「…でも、私があげたのを一番に食べて欲しかったんだもん。」
「そうやったとね。」
「うん…、て、え?」
独り言に返ってきた返事に自然に返事をしてから、びっくりして顔をあげると千歳君が立っていた。
「知らんくて悪いことしてしまったばい。ごめんな、伊織。」
「え、千歳君、いつから?」
「伊織が来るっち思って、先に来て待ってたばい。」
千歳君は驚いてかたまる私に近づいて、私の前にかがんだ。
「伊織の作ったクッキーばくれんね。」
「…あげる。」
「ん、おいしか!伊織は料理うまかねー。」
千歳君が笑顔で食べてくれて、本当は機嫌なんてもうよくなっちゃったんだけど、なんだかそんなにすぐに機嫌を治すのがばつが悪くて、意地で機嫌が悪いふりをしてふいと千歳君から顔をそらした。
「調理実習で作ったのが余っただけだもん。」
「それでも俺は嬉しかよ。」
千歳君は本当に嬉しそうに笑っていた。
じーっと千歳君を見ていたら、千歳君は、ふにゃっと笑って手を広げた。
「ん。」
なんだかそんな千歳君を見ていたら、意地をはるのがばからしくなってしまって、私は千歳君の腕の中に、座ったまま、ころん、と身をあずけた。
千歳君は嬉しそうに笑いながら、私をぎゅーっと腕にとじこめた。
千歳君の体温と、ゆっくりした鼓動を感じていたら、怒りとか意地とかの代わりに、どんどん、千歳君大好きっていう気持ちが増えてきた。
千歳君、すごいや。
「あ、でも、子ども扱いは、いやなんだからね!」
千歳君の腕の中から顔をあげて千歳君を見上げながら言うと、千歳君は一瞬きょとんとしてから、また笑った。
「子ども扱いじゃなかよ。特別扱い。」
やって大事な彼女やからね、と笑う千歳君の顔を見て、恥ずかしくなってしまって、私はまた千歳君の胸に顔をうずめて隠した。
「私だって、千歳君のこと、特別だもん。」
顔をうずめたまま小さな声でそう言うと、千歳君の嬉しそうな笑い声が聞こえて、私も嬉しくなった。