銀さんと家庭科
「あれ、石田君?何してるの?」
放課後、被服室の扉を開けたら石田君がいた。
「おう、神崎はん。授業中にこれ作り終わらんくて居残りなんや。」
これ、と見せてくれたのはまだまだ完成が遠そうなエプロンだった。
「神崎はんは裁縫部やんな?」
「うん、幽霊部員ぬいたら私しかいないけどね、部員。」
でもそのおかげで、今日は石田君と二人きりだ。
初めて部員の少なさに感謝した。
「今日は何作るんや?」
「んーとね、コンテスト用の刺繍のタペストリー、昨日完成したから、今日は特にすることないんだ。」
そうなんや、と言ってから石田君は手元に視線を戻して、エプロンとの格闘を再開した。
石田君、手、大きいな。
針小さいから、持ちにくそう。
あ、針指に刺した!…って、あれ、石田君、痛くないの?痛点どうなってるの?
「…神崎はん。」
「はっ、はははははい!」
じっと石田君のこと見てたの気づかれたかな、と思って焦って返事をすると、石田君は、なんでそんなびっくりしてん?と笑った。
「あんな、しつけ縫いってこの針でええんやんな?」
「ん、どれ?そうそう大丈夫。」
「さよか。ありがとうな。」
石田君の笑顔いいなー、癒される。
ちゃんとしつけ縫いもわかってるみたいだし、そんなに手伝うことなさそうだな。
あわよくば、教えながらお話できたらいいな、なんて思ってたんだけど。
「…って、石田君、何してるの?」
「え?」
石田君はなぜか不器用な手つきで本返し縫いをしていた。
え、いや、これしつけ縫いだよね?
「えっと、しつけ縫い、ミシンかけたら糸取るから、普通に波縫いで大丈夫だよ。本返し縫いだと、後で糸取りにくいよね。」
石田君は私の説明を聞くと、そうやったんか、とのほほんと笑って、縫い目がガタガタの本返しをといていった。
「これでええんか?」
「うん、大丈夫。」
私が頷くと石田君は笑ったから、やっぱり石田君の笑顔は癒されるなと思って私も笑った。
「よかったら、作り終えるまで手伝おうか?これ終わらないと部活にも行けないんでしょ?」
「助かるわ。おおきに、神崎はん。」
下糸をセットする前にミシンをかけようとしたりする石田君をそのつどフォローしつつ、数十分後、なんとかミシンをかけ終わった。
「ふぅ、お疲れ様、石田君。あとは仮縫いのしつけ糸取るだけで完成だね。」
「おおきに。神崎はんは手先が器用なんやな。感心したわ。」
「はは、そんなことないよ。石田君は手が大きいから、縫い物とか大変そうだよね。」
私がそう言うと、石田君は、うーん、と困ったように笑った。
「せやなー。ちょっとわしの手には針は小さすぎるな。」
「でも私は石田君の手、好きだな。」
「へ?」
「ん?…あ、」
な、何言ってるの、私!
どうしよう、石田君と一緒にいられるのが嬉しくて気がゆるんで、つい口を滑らせてしまった。
恥ずかしくて、近くに置いてあった布で顔を隠すと、石田君の、はは、という嬉しそうな笑い声が聞こえて、目だけ布から出して石田君を見た。
「おおきに、わしも神崎はんの小さくて繊細な手、好きやで。」
「なっ、あ、ありがとう。」
どうしよう、絶対顔真っ赤だ、私。
顔を布で隠しながら石田君を見たら、石田君の顔もちょっと赤くて、なんだか照れくさくて、二人で顔を見合わせて、笑ってしまった。
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