素直じゃない財前君
タオルも洗って冷やしたのを用意したし、昨日ダメになったボールも廃棄したし、スポドリの配合もうまくできたし、よし、ちゃんとマネージャーできてる。
「伊織、ちゃんと水分とっとるか?」
「あ、謙也先輩。はい水分とりましたよ。さっきスポドリ作ったときに、」
「アホ、それただの味見やろが。ちゃんと飲まなアカンで。」
言われてみれば、確かに今日はそんなに飲んでないかも。
「そういえばそうでした。こまめに水分とりますね。」
おう、そうしぃ、と笑う謙也先輩はとっても優しくて、財前君もこの10分の1でもいいから優しくなってくれたらいいのにな、なんて思った。
優しい財前君か、…だめだ、想像できないや。
「おいマネージャー、なにサボってんねん。」
「ざっ、財前君!」
「伊織、別にサボってないで。さっきまでめっちゃ働いとったもんな。」
謙也先輩はそう言いながら笑顔で私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「謙也先輩、ちょっと痛いです。」
「はは、すまんすまん。」
「せやからサボんなやって言うてるやろ。」
財前君は楽しそうな私が気に入らなかったのか、私の頭をべしっとはたいた。
痛い。謙也先輩の頭ぐしゃぐしゃなんてもう目じゃないよ。
「…洗濯行ってきます。」
本当は午前中の仕事は全部終わって、洗濯とかはお昼ご飯の後にしたらいい仕事なんだけど、なんだかこの場にいたくなくて、私は逃げるようにその場を去った。
マネージャーに誘ってくれたのは財前君だった。
部活やってないんやったらマネやらへん?って。
財前君はいつも私を邪険にするから、初めて財前君に必要とされた気がして嬉しくて、それでマネージャーとしてテニス部に入ったんだ。
でも、入ってみたら、必要とされるどころか、さっきみたいに突っ掛かられることが多くなっただけの気がする。
それでも1年の子たちは、私が入ったおかげで自分たちの練習時間が増えたって喜んでくれてるし、やっぱり入ってよかった。
洗濯機を回している時間だけちょっと休憩しようと、洗濯機横に置いてあるパイプ椅子に腰をかけて目をつむっていると、誰かが近づいてくる音がした。
目を開けようとする前に、まぶたの上に冷たいタオルを置かれた。たぶん私がさっき用意したやつだ。
「…別に、寝てまうくらい疲れるまで働けなんて言ってないわ、アホ。」
ざ、財前君だ。どうしよう、また、何サボってんねんって怒られる、と一瞬思ったけど、財前君はなんだかいつもと様子が違った。
私が眠ってるって思ってるみたい。私、こんな屋外で寝ないよ。いや、確かにちょっと寝かけたけどね。
「めっちゃがんばってんのは知っとるけどな、なんで伊織は休憩するとき謙也さんとばっかおんねん。てか、なんで謙也さんだけ苗字やなくて名前に先輩呼びやねん。光って呼べばええのに、このアホ。タオルやるけど、起きたときに謙也さんが乗っけてくれたなんて勘違いすんなよ。はぁ、絶対するな、伊織アホやから。」
財前君はそれだけ言うと、私の頭を優しく軽く撫でてから、去って行った。
え、今の本当に財前君?
あれが、いつもいつも、べしっと私の頭をはたきながら辛辣なことを言ってた財前君?
なんだかびっくりし過ぎて、つい寝たふりをしたみたいになってしまった。
でも、そっか、財前君、私ががんばってること、知っててくれてたんだ。
なんだか、すっごく嬉しくなった。
よし、これからもマネージャーがんばろう!
洗濯物を干し終わったら、財前君にタオルありがとうって言いに行こう。嬉しくて緩む頬をなおしもせずに、私はそう思った。
「財前君、タオルありがとう。」
「は、…はっ?なんで俺やって、」
「えっと、私別に寝てなかったから。」
「、っ!」
「(あ、顔赤い。)」