神尾君と謙也君のスピード
今日は他校との練習試合。
橘さんのお友達がいるよしみで来てくれることになったらしいんだけど、すごく強いところなんだって。
今まで本当にいろいろあって大変だったから、他校と練習試合できるようになるだなんて、なんだかじーんとしてしまった。マネージャーだから、私が試合するわけじゃないんだけどね。
「伊織、橘さんが校門まで四天宝寺の人たち迎えに行って来てってさ。」
俺も一緒に行こうか?と聞いてくれた神尾君に、大丈夫だよ、と言ってからテニスコートから離れようとすると、後ろから聞き慣れない声がたくさんやって来た。
「きっぺー、久しぶりばい!」
「千歳!よく来てくれたな。」
「こんにちは。四天宝寺中テニス部の部長やってます、白石です。今日はよろしゅうお願いします。」
「不動峰テニス部部長の橘だ。今日は来てくれて本当に感謝する。こちらこそ、よろしく頼む。」
あ、他校の人迎えに行く前に来ちゃった。そんなに広い学校じゃないから道わかりやすかったのかな、なんて考えていたら、いきなり、あーっ!と大声がした。
「伊織ちゃんやん!うっわ、また会えたな!なんや不動峰のマネやったん?わー、もー、また会えてほんまごっつ嬉しいわー!」
謙也さんは私に駆け寄ると、私の両手を掴んでブンブン振った。
「えっと、はい、また会いましたね。」
そんな私たちを不思議に思ったのか、神尾君が眉を少し寄せながら聞いてきた。
「伊織、なんでこの人と知り合いなんだよ。」
「こないだ家族で大阪まで言ったときに家族とはぐれて迷子になっちゃって、梅田駅への戻り方もわからなくて途方にくれてたら謙也さんが助けてくれたんだ。」
神尾君は謙也さんに、それはどうもうちのマネージャーがお世話になりました、と眉を寄せたまま軽く頭を下げてから、私に向き直った。
「てか、なんで1回会ったくらいでお互い名前覚えてんだよ。」
「そら会うのは2回目やけど、頻繁にメールしとるから。」
私の変わりに答えた謙也さんの言葉に頷いて、そうそう、だから名前覚えてるんだ、と言うと、神尾君は、はあっ?と大きな声を出した。
「え、神尾君どうし、」
「危機管理低すぎ!簡単にメアドとか教えたらだめだろ!」
「いや、私も、普段なら教えたりしないんだけど、」
「え、(もしかして謙也さんに一目惚れ、とか言うなよ?)」
「へ、(まさか伊織ちゃん俺のこと!)」
「謙也さんが神尾君みたいなこと言うからつい親近感わいちゃって。」
私がそう言うと、神尾君も謙也さんもガクッと肩を落とした。
「で、俺みたいなことってなんだよ。」
「神尾君はスピードのエースでしょ?謙也さんはスピードスターなんだって!」
ね、似てる!と笑うと、二人は挑むような目つきでお互い顔を見合わせた。
やっぱりスピードが得意分野な者同士、何か思うことがあるんだろうな。
「…。(ずっとそばで見てきたんだ。こんないきなり出てきた奴になんて渡せるかよ。)」
「…。(せっかくまた会えたんや!邪魔なんてさせへんで!)」
2人ともすごい気迫。練習試合とは思えない。
いや、そうだよね。練習試合だからって気を抜いたらだめだよね。反省。
「伊織、こっちおいで。」
私ももっと気合いいれなきゃ、と気をひきしめていると、少し離れたところから伊武君に手招きされ、何?と近寄った。
「別に、用はないけど。」
なにそれ、とちょっと笑っていると、つられたのか珍しく伊武君もちょっとだけ笑ってくれた。
「スピード馬鹿はほっといて、あっち行こう。橘さんと千歳って人の試合、応援しなきゃ。」
「え、もう始まるの?どうしよう、スコア表、」
「持ってる。だから早く行くよ。」
「ありがとう、伊武君。」
今にも試合がはじまりそうなテニスコートに向かいながら、橘さんが1番に試合しちゃうなんて、珍しいね、と言うと、伊武君は、うん、あんなテンション高い橘さん俺も初めて見た、と言った。
いつもと違う橘さんが見られたからか、なんだか伊武君は嬉しそうで、でもそれは私も同じで、やっぱり私たち不動峰のみんなは橘さんが大好きなんだな、なんてまた実感して、すっごく幸せな気持ちになった。