やる時はやる一氏君
「ユウジ君!」
「な、なんや!」
お友達といるから声かけない方がいいかな、と思いつつも我慢できなくてユウジ君に声をかけると、ユウジは眉をすっごく寄せながら振り返った。
なんだよ、ユウジ君のばかー。
「今日部活ないんだよね?小春ちゃんに聞いたんだ。一緒に帰ろ、帰ろ!」
ユウジ君は一瞬、ほんとに一瞬だけ嬉しそうな顔をしたと思ったらすぐに我に返ったようにまた眉を寄せた。
「…小春も一緒ならええで。」
ふっ、ユウジ君がそう言うだろうことなんてお見通しだよ!
「小春ちゃんならもう帰りましたー!」
小春ちゃんに今日はユウジ君と2人で放課後デートしたいって言ったら、同じ乙女として恋する乙女の邪魔なんてできへんからアタシは先帰るなー、って言ってくれたんだ。
小春ちゃんさすが乙女心わかる!
「ほな、えっと財前も…、」
財前って誰?と思っていたら隣にいたユウジ君のお友達が、なんで俺にふるんすか、って言ってきたからこの人が財前君なんだろう。
「なんで?放課後デートしようよー!いつも小春ちゃんも一緒の3人デートばっかりじゃん。恋人なのにー!」
ほんとは小春ちゃんと一緒の3人デートも好きなんだけど、小春ちゃんもいると、つい小春ちゃんと私の2人できゃいきゃい騒いじゃってデートって感じじゃないんだもん。
「なっ、お前アホ!こ、こいっ、恋人とか、そんな大声で言うなや!」
「ユウジ君だって大声で言ってるじゃん。」
ユウジ君は、それはっ、とか、お前がっ、とかいろいろどもりながら何か言ってたけど、最終的に、うるさいアホ!と言ってそっぽを向いた。
「ユウジ君のばかー!」
せっかく部活お休みなんだから放課後デートくらいいいじゃん、なのにうるさいアホってなによ、とふてくされて、私はユウジ君に背を向けて歩いた。
ユウジ君はたぶん追ってきてくれないけど、いいもん。
小春ちゃんまだ近くにいたら一緒にショッピングしたいなー、なんて思いながら校門付近を歩いてたら、道の脇の溝に片足が落ちてしまった。
ちょっと足擦りむいちゃったから公園で傷口の砂流そう、と近くにあった公園に入って水道に近づいたら、片足を庇って変な歩き方をしていたからか、小さな段差につまづいて盛大にこけてしまった。
うわ、手まで擦りむいちゃった。痛い。
こんなドジしたとこ誰にも見られなくてよかったー、と思いながら立ち上がろうとすると、後ろから走ってくる足音が聞こえてきた。
「伊織っ!大丈夫か?立てるか?わ、足も擦りむいとるやないか!」
はよ砂流すで、とユウジ君は私の手をひいて水道に向かい、私の傷口をあんまり痛くないように丁寧に洗ってくれた。
「うっ、うわぁあん!」
「な、なんや、そんな痛いんか?」
ユウジ君は突然泣き出した私にあわてて、痛いの痛いのはよとんでけー!なんてやってくれた。
「ユウジ君がっ、名前呼んでくれたっ!ユウジ君がやさっ、優しい!わぁあん!」
いつもは名前なんてほとんど呼んでくれなくて、お前、とか、おい、とかなのに、ちゃんと伊織って呼んでくれたことが嬉しくて、
いつも私と話すときは痛そうなくらい眉を寄せてるユウジ君が、優しく話してくれるのが嬉しくて、子どもっぽいとは思ったけど、ユウジ君にしがみついてわんわん泣いてしまった。
ユウジ君はちょっとうろたえたみたいだったけど、振り払ったりはしないで、私が泣き止むまでゆっくりと背中をポンポン叩いてくれた。
「転んだらユウジ君が名前呼んで優しくしてくれるなら、毎日転んじゃおうかな。」
しばらくして落ち着くと、しがみついて大泣きしたことが恥ずかしくなってしまって、照れ隠しで笑いながらそう言うと、ユウジ君は呆れたような優しい顔で、ぺしっと私の頭を軽くはたいた。
「名前なんてちゃんと呼んだるから、もう心配かけんなや。」
いつもなんだか少しそっけないけど、やっぱりユウジ君は私の大好きな人です。