浮気性な一氏君
今日はテニス部、部活ないらしい。付き合ってからあんまりデートらしいデートなんてしてないけど、今日はできるかな、なんて思いながら廊下を歩いていると、見慣れた後ろ姿を見つけた。
「あ、ユウジ、」
「ん、なんや?」
ちょうど今考えていたユウジを見かけて、つい声をかけてしまったけど、ユウジの隣にいる女の子たちが目に入って、声かけなきゃよかったと後悔した。
「…なんでもない。」
「なんやねん、なんでもないて。」
「なぁなぁ一氏君、はよ行こうや。」
「せや、はよ行かなあの店めっちゃ混むんやで〜。」
ユウジは、ん〜、と言って少し考えたけど、私が何も言わないのを見ると、ほなな、と言ってそのまま女の子たちと去って行ってしまった。
デートらしいデートをしてないのは、ユウジがテニス部で忙しいっていうのももちろんだけど、それだけじゃない。
「なんでいつもいつも他の女の子とどっか行っちゃうのよ、ばか。」
小さく吐き出した愚痴は、ユウジには一度も伝えたことがない。ちゃんと言えたら、もしかしたら私の方を見てくれるんだろうか。
「アホやな、言えばええのに。」
「う、っわぁあ!」
周りに人はいなかったはずなのに、いきなり近くで声がして驚いて叫んでしまった。
財前君がいきなり話しかけるから驚いたっていうのに、財前君は、うるさいっスわ、と冷静に耳をふさいでいた。もうマイペースだな、本当に!
「で、なんで直接言わんのですか。」
「なんのこと?」
なんのこと、なんてわかりきってるけど、知らないふりをしてそう言うと財前君はため息をついた。
「はぁ、ほな、もうええから、ちょっとついて来て下さい。」
そう言って歩きだした財前君にちょっと後ろからついて行った。
「どこ行くの?」
「喫茶。」
「何か飲みたいの?」
「はぁ、まぁ。」
…、会話続かない!
財前君と会話を試みることを諦めて黙ってついて行くと、学校の近くのカフェに着いた。
「ここ?」
「ん。」
やっぱりそっけないな、と笑っていると、目の前にあるカフェの扉が内側から開いた。
「あ…、」
「…、は?」
中から出て来たのは、さっきの女の子たちと、ユウジだった。
そっか、ここに来てたんだ。
私だって、こんなカフェにユウジと来たいのに、羨ましいな、なんてへこみながらユウジの顔を見ると、なんだかいつもと様子が違った。
「ユウジ?」
ユウジは私の問い掛けには返事せずに、女の子たちに、先帰っててやー、と言ってから私に向き直った。
「で、なんで伊織と財前が一緒おんねん。」
「えっと、」
なんか、ユウジ怒ってる?
「財前、とりあえず伊織置いて帰れや。」
財前君は何事もなかったかのように涼しい顔で去って行った。
え、この状況で置いてくの?この微妙な空気、財前君のせいでもあると思うんだけど!本当、マイペースだな。
「お前何してんねん。なんで財前とこんなとこ来てんねん。」
「えっと、ユウジがいなくなった後、財前君に会って、ついて来てって言われて、」
「はっ、財前について来いって言われたら行くんかお前は。へーへー、邪魔して悪かったな。財前追いかけたらどうや。まだそんな離れてへんやろ。」
ユウジは、怒ってる。
なんで怒ってるのかはわからない。
普通の恋人同士だったら、嫉妬かなって思うけど、いつもあんなに他の女の子とばっかり一緒にいるユウジが嫉妬なんてするわけがない。
なんなんだ、もう。
「はっ、ちょっ、なんで泣いてんねん!」
「なんでも、ないっ。」
もうわけがわかんなくなって涙が出てしまった。
「な、なんで泣いてんねん!そんなに財前と一緒来たかったんか?」
アホなんじゃないか、ユウジは。
私が一緒にいたいのはユウジに決まってるのに。
いつもはそんなこと言えないけど、どんどん溢れてくる涙と一緒に言葉も出てきた。
「本当は、ユウジと一緒に来たい、けど、ユウジ、一緒来てくれない、もん。」
「は、な、なんでやねん。別に一緒に行かへんなんて言うてへんやろ!」
「でも、いつも、女の子と一緒。」
私は、あの中に混ざって一緒にいるなんて、やだから、ユウジとはもう一緒にいたくない、と続けると、ユウジはさらにあたふたしだした。
こんなに焦っているユウジを見るのは、初めてかもしれない。
「一緒に、いたくないなんて言うなや!」
「やだ、いたくない。もう財前君のとこいく。」
ユウジと一緒にいたら、好きなのに苦しくてかなしくて心臓壊れそうだ。
好きだから今まで耐えられたけど、好きだから、もう耐えられない。
本当に財前君のところに行くわけはないけど、涙も全然とまってくれないから、とりあえずここから離れようとユウジに背を向けて歩き出すと、いきなり後ろから腕を掴まれた。
「離して。」
なかなか離してくれないから振り返ってユウジの顔を見ると、ユウジもちょっと泣きそうで驚いた。
「ユウジ、泣、いてる?」
「っ、泣いてへん!」
ユウジは強く言い返したけど、その後、だんだんと語気が弱まってきた。
「せやけど、伊織がおらんくなったら、泣く。伊織がそんな悩んどるって知らんかってん。俺、アホやから。伊織が嫌やって思うこと、俺に教えてや。そしたら、もうせえへんから。せやから離れてなんて行かんといて。」
「…アホ。」
「おん、アホやな、ほんま。」
こんなユウジは、なんだか初めて見た。
ユウジは、今まで私にこんな面は見せてくれていなかったから。
でも、それは私も同じだ。
こんなふうに直接ユウジにぶつけたのは初めてなんだから。
「女の子と一緒にいちゃ、やだ。」
「おん。」
「ユウジかっこいいし、ちょっと素っ気ないのにすっごく優しいからみんなユウジのこと好きになっちゃう。」
いや、そんなことあらへんやろ、と普通に言うユウジは、本当に自分の魅力を理解していないと思う。
「あと、もっと一緒に、いたい。」
返事してくれるかな、と不安を抱きつつ、勇気を出してそういうと、ユウジは嬉しそうにはにかんで、おん、と言ってくれた。
さっきまで壊れそうだった心臓が、少しずつポカポカしてきた。
いつの間にか涙は乾いていた。