short | ナノ


千歳君と猫と煮干し


隣の席の人、今日もおらんかった。

たまにおる時もあるけど、今日は朝から放課後までずっと顔を見いひんかった。

最初は体が弱いんかな、とか心配しとったけど、噂によると部活にはたまに出てるみたいだから、多分サボりなんやろうな。

そんなことを思いながら校門を出ようとすると、どこからか猫の鳴き声が聞こえてきた。

声を頼りに歩いて行くと、裏庭に猫が一匹いた。

「可愛い、どこから来たん?」

「にゃー。」

「にゃー、じゃわかれへんよ〜。」

「にゃー。」

猫はにゃーにゃー鳴きながら、私の足に擦り寄ってきた。

「ほんまかわええな〜。にゃー。」

「にゃー。」

しばらく猫とじゃれながら一緒ににゃーにゃー言っていると、後ろの茂みからがさがさっと音がして、猫はどこかに行ってしまった。

「にゃー、残念。」

「捕まえたばい!」

「ぎゃー!」

な、何この状況!

茂みから出てきた人に、いきなり後ろから抱き着かれてる!

なんで!?

私の抵抗なんてものともせず、その人は楽しそうに笑った。

「はっはは、むぞらしかね〜。煮干しあげるけん、おとなしくせんね。」

「煮干し!?」

目の前には、何故か煮干しが差し出されていた。

「ほれ、いい子やから口開けなっせ。」

「・・・。」

え、これ私が食べるん?

「煮干し、嫌いとや?」

ぱくっ

「よーしよし、いい子やね〜。」

声があまりに残念だったので、口を開けて煮干しを食べると、その人は嬉しそうに笑って頭を撫でてくれた。

「ほんなこつむぞらしか猫たいね〜。」

え?

「いや、猫やないよ?私、人間。神崎伊織。」

なんか驚きすぎて、ちょっと片言になってしまった。

「伊織って言うとや?むぞらしか名前たい。大丈夫、誰にも伊織が実は猫ってことは言わんから。」

なんで信じてくれないんだ、この人は。

っていうか、むぞらしかってなんなんだ。さっきからずっと言ってるけど。

「俺は千歳千里ばい。」

「え、千歳君?」

驚いて抱き着かれたまま後ろを振り向くと、思ったより顔が近くて、恥ずかしくて急いで顔を前に戻した。

「えっと、私、千歳君と同じクラスなんよ。ついでに言うと、隣の席。」

「だったら、教室ば行ったら伊織に会えるったいね。」

千歳君は楽しみばい、と言いながら私をさらに強く抱きしめ、頭にほおずりしてきた。

「あの、私、ほんまに猫やないから!」

「ほんなこつ?」

「ほんまにほんま。」

千歳君はちょっと考えるような顔をしたけど、またすぐに笑顔になって私の頭をなでた。

「別に猫でなくとも、伊織はむぞらしかけん、いいたい。それに伊織の動き、むぞらしくて、ほんなこつ猫ごたる。」

猫じゃないとわかっても腕をゆるめない千歳君に、なんだか恥ずかしくなって下を向いていると、千歳君はもう一度頭をなでてから腕から放してくれた。

「また明日、教室で。今度は煮干しじゃなくて飴持って行くけん、楽しみにしてなっせ。」

「あ、また明日。」

まだドキドキいってる胸をおさえながら、明日がなんだか楽しみになった。


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