伊武君と雨の音
今日は朝から雨だった。もしかしたら昨晩から降っていたのかもしれない。
せっかく桜が満開だったのに、この雨で散ってしまうかもしれない。
でも私はこの時期の雨が1番好きだ。夏の雨は蒸し暑いし、秋の雨はなんだか寂しいし、冬の雨は冷たいし。春の雨は、なんだかあったかい気がする。
「あ、神崎。こんなとこにいた。」
もたれかかっていた壁の隣の扉が開いて少し驚くと、上から伊武君の声が降ってきた。
「なんでわざわざ雨の日の昼休みに屋上にくるかな。晴れた日に来たらいいのに。」
伊武君も今屋上来てるじゃん、と笑うと、無表情のまま、俺は用事があるからいいんだよ、と言われた。
「で、神崎は何してたわけ?いつもは友達と教室にいるのに。」
「雨の音聴きに来たの。」
何言ってんだこいつ、って思われるかな、と思いながらもそう言うと、伊武君は思ったとおり、何言ってんの、と言った。
伊武君って本当素直だよな、と思って小さくふきだすと、伊武君は不機嫌そうな声で、何笑ってるわけ、と言って片眉をあげた。
何でもないよ、とだけ言って目を閉じて雨の音に集中すると、隣に人が座る気配がした。
なんだろう、と思って、目を開けて横を見ると、伊武君が私の隣に座っていた。
「何こっち見てるの。どうせ何でわざわざここに座ってるんだ、とか思ってるんだろうけど、ここしか屋根があるところないんだから仕方ないだろ。それとも何、俺は屋根のないところで雨にうたれてしまえとでも思ってるわけ?ひどいよなぁ。」
「伊武君の話し方ってさ、」
私がそう言うと、伊武君は、どうせめんどくさいとでも言うんだろ、という目で見てきた。
「なんか、独特のリズムがあるよね。」
「は?リズム?」
なんか神尾思い出すから嫌なんだけど、その言い方、と言うから、リズムにのるぜ!と神尾君の真似をしてみると、もっと嫌な顔をされた。
「なんかね、言ってることは優しいわけじゃないのに、響きっていうか、テンポっていうか、不思議とあったかく感じるんだよね。」
リズム、という言葉を使わずにそう言いたすと、伊武君は不機嫌そうな顔からまた無表情になった。
伊武君とは1年の時から同じクラスだけど、未だに表情読めないな。
「神崎、さっき雨の音聴きに来たって言ってたけど、雨の音はどんな風に聴こえてるわけ?俺にはただうるさいなとしか思えないんけど。」
「雨っていうか、この時期の、春の雨が特になんだけどね、優しくてあったかく感じるんだ。」
「ふぅん、優しくてあったかい、ね。」
まあ、やっぱり俺にはわからないけど、と言う伊武君に、やっぱり素直だと笑っていると、伊武君はさらに続けた。
「でも、それならわざわざ屋上に来た神崎の気持ち少しわかるかも。俺も同じだから。」
同じ?なんだろう。雨の音はうるさいって言ってたから違うよね。
「あ、そういえば屋上に用事って言ってたよね。なんの用事だったの?」
「優しくてあったかいものがいつもの場所にいないから、探しに来た。」
何、謎掛け?と聞くと、小さくため息をつかれた。
「神崎が、いつもと違って教室にいなかったから、探しに来たって言ってるんだけど。今屋上には俺と神崎しかいないんだから分かるだろ?それともわざと気づかないふりしてるわけ?」
「え?えっと、え?」
なんだかわけがわからない。
さっきまで伊武君は素直でわかりやすいな、なんて笑っていたのに、まったくわからないよ。
「だから、神崎にとって春の雨が優しくてあったかいのと同じように、俺にとって優しくてあったかいのが神崎だっていうこと。」
伊武君はそれだけ言うと、俺も雨の音聴いてみよ、と言って目を閉じた。
私は照れながら、伊武君と同じように目を閉じた。
さっきと違って、雨の音が耳に入らなくなってしまったけど、すごくあったかい気持ちになった。
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