ひねくれてる財前君
思えば、初対面からしてダメだった。
「初めまして。隣の席だね。よろしく、(えっと確かさっき自己紹介で、)ぜんざい君。」
「財前やアホ。」
間違えた私が悪いけどさ、笑って、名前間違えてんで、とか言ってくれたら、恥ずかしいながらもまだ仲よくなれる気がするけど、あんな冷ややかな目でアホとか言われたらもう仲よくなれる気皆無だよ!
この苦いファーストコンタクトは私の中学生活の中で1、2を争う思い出したくない出来事なのだけど、今、私はその出来事をまざまざと思い出している。なぜかというと、
「あ?隣、神崎か。」
「ソウミタイデスネ。」
しばらく離れていたのに、また財前君と席が隣になってしまったからだろう。
もう誰か代わって!怖い、怖いよ!
「あ?なんで片言やねん。ああ、日本語あんま話せへんのか。せやから人の名前間違えんねんな。」
あー、あー、なるほど、と棒読みで言う財前君の目は、やっぱり冗談を言っているような目ではなかった。
怖い。
「なんか返事せんかい。」
「えっと、ラジャ!」
なんか返事しろと言われたので、とりあえず敬礼をすると、ものすごく馬鹿にしたような目で、はっ、アホか、と言ってきた。
「も、もうなんなの!名前間違えたのは悪かったと思うけどさ!もう何ヶ月も前のことなのに!」
「何ヶ月前でも、忘れられへんな。」
「(ムッ)そりゃあ、いい頭脳をお持ちなことで!」
もう財前君なんか知るか!
せっかくまた隣の席になったんだから、怖いけど、ちょっと仲よくしたいなって思ってたのに。
「アホ、こっちは1年の時から知っとるのに、名前も覚えられてへんくらい眼中にないとか、ショックで忘れられるわけないやろ。」
「へ?」
はっ、アホ面やな、と馬鹿にした笑みを浮かべる財前君はいつもの財前君だった。
なんだ、ちょっと勘違いして焦っちゃったじゃないか、恥ずかしい。
「あんな、わかっとるか?神崎のこと好きやって言うてんねんで。」
「は?」
「は、ちゃうわ。ほんま鈍いやっちゃな。」
そんなやから、俺のアピールことごとくスルーすんねん、と財前君は言うけれど、アピールされた覚えはない。
顔を見る度に嫌みを言われたり、馬鹿にされたりはしたけど、・・・え、いや、あれがアピールとか、どんだけ捻くれてるんだ。
「今なんか失礼なこと考えてたやろ。」
「いや、そんなまさか。なんか捻くれてるかも、とかしか考えてないよ。」
うん、事実だから失礼なことじゃない、と一人納得していると盛大にため息をつかれた。
「何が捻くれてんねん、好きやから構ってるんや。めっちゃ素直やないか。」
なんだろう、言葉自体はキュンとするのにキュンとしたくないこの不思議な感覚。
「構うって言っても、もっと他に構い方っていうものがある、と思う。」
好きな子に構うって言ったら、甘かったり優しかったりするもので、少なくとも、あんな冷ややかな目で意地悪を言うような構い方ではないはず。
そう言うと、財前君は少しすねたような顔で呟いた。
「ほな、俺が優しくしたら、俺の名前覚えるんか?」
今までずっと冷ややかな表情か、馬鹿にしたような表情しか見たことがなかったからか、ちょっとすねたみたいな財前君の顔を見て、不覚にも可愛い、なんて思ってしまった。
「あ?なにわろてんねん。」
訂正。やっぱり可愛くない。怖い。
「えっと、財前君。」
私が名前を呼ぶと、財前君は驚いたように目を見開いた。
そういえば、なんだか気まずくて、ぜんざい君事件以来、財前君の名前呼んだことなかったかも。
「名前、ちゃんと覚えてるから、財前君。」
財前君はしばらく驚いた表情のまま私を見つめていたけど、いきなりバタッと机に突っ伏した。
今絶対おでこぶつけたよ、すごい音したもん。痛そう。
「えっと、財前君?」
「名前覚えとるんやったら、最初から呼べや、アホ。」
机に突っ伏しているから顔は見えなかったけど、声音はなんだかいつもと違って、ちょっと嬉しそうだった。
その声を聞いていたら、なんだか仲よくなれる気がしてきて、さっきまで誰かに席を代わって欲しいとまで思っていたのに、財前君の隣の席になったことを嬉しく思えてきた。
「えっと、これからよろしく、財前君。」
机から少し顔をあげて、おん、と返事をした財前君の顔は少し赤くて、私までつられて照れてしまった。
prev next