謙也君と15円
「謙也ー、おなかすいたー。」
「ほなはよ弁当食べえや。」
昼休みになると、前の席の伊織が振り向いて俺の机に突っ伏した。
「弁当忘れてん。」
「購買行けばええやろ。」
「ん。」
ん、とだけ言って差し出された財布をとりあえず受け取った。
なんや俺に買ってこいっちゅーことか!と思いつつ財布の中を見た。
「うっわ、15円て。少な!」
お前いっつも500円は入ってたやないか、と言うと、伊織は俺をじとーっとうらめしそうな目で見てから、頬をふくらませた。
「謙也が言ったんやないか。」
「俺が?なんて?」
俺なんか言ったやろか。
自分財布落としそうやからあんま持ち歩くんやないで、とか?いや覚えにないな。
「15円で、十分ご縁がありますように、やて。」
「は?」
「せやから!好きな人おんねんけど、告白できへんて白石に相談しよったら、いきなり後ろから来て、なんや投げやりに、ほな15円でも持ち歩いたらええんとちゃう?十分ご縁やでーって。」
言ったかもしれん。
やって、白石より俺のほうが伊織と仲いいって思ってたんに、伊織、俺には言ったことない好きな奴の相談なんてしとるから、ついそんなこと言ってもーたかも。
なんとなく腹がムカムカしたから、すっかり忘れとったわ。
俺の表情から忘れとったって気づいたんか、伊織は、謙也のアホと言ってきた。
「で、どないやねん。付き合えたんか。」
ま、無理やろな。自分で言ったとはいえ、十分ご縁てなんやねん、って感じやもんな、と思いながら聞くと、伊織はめっちゃどうでもよさそうな適当な返事をした。
「あー、付き合おとるでー。」
「はあぁあ!?」
いきなり大声を出した俺に驚いて、ビクッとした伊織の肩を掴んで詰め寄った。
「付き合おとるて、なんやねん!誰や!てか、弁当忘れたとかより先に言うことやろ、アホ!」
「別にどうでもええやないか。おなかへってんねんもん。」
「お前な!腹へっとるくらいでどうでもよくなるような奴と付き合おとるんか!」
「なんか謙也怒っとる?」
怒っとる?ちゃうわ!怒っとるに決まっとるやろ!と伊織に言うと、伊織は、ちょっと困惑したような顔で口を開いた。
「でも謙也、私が誰かと付き合うとか、心底どうでもええんやろ?」
「は?なんでやねん。」
「心底どうでもよくなきゃ、15円持ち歩いたらええんとちゃう?なんてあんなめんどそうに言わんやろ。」
「あれはっ!」
行ったれ、謙也!今がヘタレ払拭のチャンスや!と心の中から声が聞こえた。
「あれは、伊織が好きな奴おるって知って、腹ムカムカしてもて、それでついあんな言い方になってもーたんや。」
伊織は何言うてんねん、って顔で見てきたけど、めげへんで!ここまで言ったんや、最後まで言ったる!
「せやから、そんなどうでもええ奴と付き合うくらいなら、俺と付き合おてくれ!俺となら腹へったくらいでどうでもええなんて、伊織に思わせへん!」
「へ?」
「へ、ちゃうわアホ!人の渾身の告白によくも一文字で返事できたもんやな!」
アカン、ついつっこんでもーたけど、絶対今言うことちゃうかったよな、と少し焦って伊織をうかがうと、伊織の顔はみるみる真っ赤になっていった。
「え、顔、めっちゃ赤。」
「う、うるちゃい謙也のアホ!」
伊織は机の上にあった教科書を俺の顔に押し付けて、自分の顔を見られないようにした。
てか、うるちゃいって、かんどるやないか。どんだけ焦ってんねん、かわええな、なんて思っていたら、伊織の小さな声が聞こえて、その後に、走り去る伊織の足音が聞こえた。
アカン、めっちゃ嬉しい。
はよ追いかけたらな。
追いついたら伊織に好きやって言おうと思いながら、にやける口元を片手でおさえつつ席を勢いよく立った。
『彼氏とかおらんよ。私かて謙也のことずっと好きやったんやから。アホ。』
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