short | ナノ


伊武君を見に行く


放課後、とうとう来てしまった。テニスコートに。

応援、応援だもん!

おかしくないよね!

と、自分に言い聞かせるものの、やっぱり緊張してしまうのは、皆の応援というより、たった一人を見る為にここに来たから、なんだろうな。

「おっ、珍しいじゃん、神崎!見に来たんだ?」

「あ、神尾君。うん、邪魔しないように見てる。」

神尾君は、ははっ、別に邪魔になんかなんねーよ、あ、深司なら多分もうちょっとで来るぜー、と笑いながらコートに入っていった。爽やかだ。

「ちょっと、邪魔なんだけど。」

「うっ、わわわ!ごめん!」

そんな爽やかな神尾君を見ていたら、いきなり後ろから声をかけられた。

どうしよう伊武君だよ、伊武君!

伊武君を見に来たのに、最初にかけられた言葉が、邪魔、だなんて!もう帰りたい。

「はあ、嫌だよなぁ。きっと、別に道をふさいでたわけでもないのに邪魔とか言うなって思ってるんだろ。というか思ってるなら言って欲しいよな。まあ、そんなこと言われたら確かにイラつくけどなにも言わずにただ謝られるよりはマシっていうか。」

どうしよう、本当にどうしよう!

「あの、ごめん。すぐ帰るから。」

やっぱり見に来なきゃよかった。

見るにしても遠くから見ればよかったんだ。

そう思いながらコートの側から去ろうとしたら、後ろから腕を掴まれた。

「は?なんで帰ろうとしてんの?俺がいじめたから帰るみたいじゃん。何それ嫌み?」

「いや、別にそういうわけじゃ・・・。伊武君の邪魔みたいだったから帰ろうかと。」

もうどうしよう、伊武君に絶対嫌われた。

というか、いてもダメ、帰ってもダメなんてどうしたらいいんだ。

「はあ。」

盛大に吐き出された伊武君のため息に体がビクッとなってしまった。

本当にもう帰りたい。

好きな人にこんな邪険にされて、なおかつ腕を掴む力が強くて逃げることもできないとか、どんな拷問。

「別に、帰れとは言ってないんだけど。」

「でも、もう帰りたい。」

伊武君がさっき思ってること言われると確かにイラつくけど何も言わないよりマシって言ってたから、帰りたい、と俯きながら言うと、伊武君は、はあ、とまたため息をついた。

「神尾、ちょっと来て。」

「ん、どーしたんだよ?」

私の相手をするのも嫌だから神尾君を呼んだんだろうか。

もう、それなら相手しなくていいから、腕を離して欲しいです、いやそりゃあ好きな人に腕を掴まれて嬉しくないかと問われれば嬉しいけど!状況によるんだよ!

「神崎が神尾見に来たけど、帰ろうとしてるから、引き止めて。」

「「は?」」

「なんだよ2人してハモったりして、仲良しアピール?本当嫌になるよな。」

いやいやいやいや、神尾君を見に来たとか、なんで?

「あれ、神崎、俺見に来たのか?」

「え、違、」

「違わないだろ。というか神尾何そんな直球で聞いてるの?そんな聞き方して本当のこと言うわけないだろ。本当、神尾ってデリカシーないよな。神崎も神尾のどこがいいんだか。」

いや、本当に違うんだけど!と言おうとしても、伊武君のぼやきに負けて、ちゃんと言えなかった。

深司を見に来たんだよな?というように伊武君と私を交互に見て首を傾げた神尾君に苦笑しながら頷いた。

「でも神崎、もう帰りたいんだろ?なら深司、手離してやれよ。神崎帰れないじゃん。」

帰りたいんだろ?という神尾君の問いに全力で頷くと、伊武君はまたため息をついた。

私、今日だけで何回伊武君にため息つかせてるんだろう。

「なんだよ深司。なんか神崎にからんでるなーと思ったら、俺に神崎を引き止めてとか言ってくるし。」

「はあ、もう神尾先着替えてて。すぐ行くから。」

神尾君は、なんなんだよ深司ー、と言いながらも、私に手を振って爽やかに去って行った。

「珍しく見に来たんだから帰んないで見てけば?神尾を見に来たってのがしゃくだけど、まあ、同じコートにいるんだから俺だって一応目に入るだろ。」

へ?と言った私に、伊武君は片眉をあげて、何、神尾しか見えないとでも言うわけ、と言ってきた。

いや、むしろ伊武君しか見えないけど、え、なにこれ。

じゃ、とだけ言って去っていく伊武君の背中に向かって、叫んだ。

「あ、あの!私、見に来たの、伊武君だから!」

言ってしまってから恥ずかしくなって、小さな声で、だからここで見てる、と言うと、最初からそう言えば邪魔なんて言わなかったのに、と小さな声で言って伊武君は去って行った。

言葉はちょっとそっけないけど、なんだか口調がやわらかくなった気がして、それだけで嬉しくなった。





「うわ、深司!顔、赤っ!」

「神尾うるさい。」

「あ、そういえば神崎が見に来てるの俺じゃなくて、」

「うるさいな、もう聞いたってば。」

「ぷっ、それで赤いのか。よかったじゃん、深司。」

「・・・神尾うるさい。」


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