白石君と雷が怖いのを隠す子
「雷やなー」
放課後の教室で本を読んで時間をつぶしていると、ふいに話しかけられ顔をあげた。白石だ。話しかけてくるなんて、珍しい。
「そうだね。うん、雷だ」
さっきからドガガガーンと轟いている雷鳴をなるべく意識しないようにするために、本の内容に集中しようと、顔を本に戻すと、白石はまた続けて声をかけてきた。
「怖ないん?」
「雨降って帰るのめんどくさいな、とかは思うけど、まあ、それくらいかな」
「さよか。ほんなら、俺部活行くわな」
「うん、行ってらっしゃい」
白石は、神崎も気ぃつけて帰りやー、と軽く手をあげてから、扉の向こうに去って行った。
「よし、白石、もう行ったな」
誰に聞かせるともなく呟いてから、震える手を抑えてかばんの中に手を入れた。白石が去り、教室に残っているのはもう私だけだから、もう取り繕う必要はない。ああ、もう、雷怖い。大きい音怖い!早く大音量の音楽をイヤホンで流そうと、かばんの中からミュージックプレイヤーを取り出したものの、気が焦るせいか、うまく操作できなくて、音楽よりも先に雷鳴が私の耳を襲った。
「うわああああ、やだあああ、雷だよ、雷。音でかい怖い、落ちる落ちるうう!」
ああ、もう、「雨降って帰るのめんどくさい」とか、何かっこつけてんだ私。せめて人のいるうちにイヤホンだけでもつけておくべきだった。雷鳴に驚いたせいで、頼みの綱のイヤホンは、またかばんの中に落ちてしまった。もう、ものが多くて、どれがイヤホンだかわかんないよ。こんなことなら、もっとかばんの中、ちゃんと整理しとくんだった。そうこうしていると、また一段と大きな雷鳴が響いた。
「ひっ!!わあああ、もう、なんなんだよおおお!鳴らなくてもいいじゃんか、光だけで十分だよ、ほんとにもううう!」
心なしか近くなってきた気がする雷鳴と、頼みの綱のイヤホンが見つからないことのせいで、もう頭がいっぱいいっぱいになってしまって、机の上に置いたかばんに抱き着くようにして、机に突っ伏した。もう怖い、音大きい。
「まー、光と音セットで雷やからしゃーないやろ」
「しゃーなくないよおお!なんだよセットって。私は単品派なんです!ポテトは結構ですううう!」
「なるほど、本当に食べたいもんだけ頼むっちゅーことやな。無駄のないいい選択やと思うで」
今そんなとこに食いついて会話つなげなくてもいいから!と心の中でつっこんでから、ふと、我に返った。私、今、誰と話してるんだ。教室には、私以外、誰もいなかったはず。この声は、どうもさっきまで隣にいた白石の声に似ているような気がするけど、そんな、まさか。白石はもう教室を出たはずだ。おそるおそる顔をあげると、雨に似つかわしくない爽やかな笑みをたたえた白石が立っていた。
「どうしたん。そんな驚いた顔して。俺、幽霊ちゃうで」
うん、本物の白石だ。間違えようがない。思わず、あはは、と乾いた笑いがこぼれる。なんてことだ。さっきまでのあれを見られていたってことか。中学生にもなって、あんなに雷に怯えるだなんて、情けないところを見られてしまった。笑われるだろうかと白石の様子をうかがうと、白石はさっきと変わらない爽やかな笑顔で、こちらを見ていた。――ばれてない?ギャグか何かだと思ってくれたのかな。
「えっと、あれ、部活は?」
「や、さすがに雨ひどすぎるから中止んなったわ」
「そっか、うん。まあ、雨ひどいしね」
「……くっ」
会話の途中でいきなり、こらえきれなくなったような笑いをもらした白石君をいぶかしげに見つめると、楽しそうな白石君と目があった。こんな天気の中、なんでこんなに楽しそうなんだ。不思議だ。
「何か楽しいことあった?」
「楽しいっちゅーか、おもろいなー、と思って」
「何が」
「いや、まあ、うん、なんかそんな感じや。(一人んなったらあんだけ取り乱すくらい怖いんに、誰か来たら平静を装うんやな。というか、完全に見られたのに、どない考えたらばれてないって思えるんやろう。アホかわええな、神崎)」
「なんだかわからないけど、楽しそうでよかった」
楽しそうな白石君を見ていたおかげで、少し怖さも落ち着いてきた。これなら、家に帰れそうかも。じゃあ、白石君また明日、と言うより早く、白石君が手を差し出してきた。
あまりに自然に差し出されたから、ついその手を握ってしまった。
どうしよう。もしかして、そういう意味で手を差し出したわけじゃなくて、席を立とうとしない私を促すための手だったのかも。うわあ、恥ずかしい。
白石君の手の上に自分の手を置いたまま、恥ずかしさで少しうつむく。と、白石君はその手を軽く握り返した。
「ほな、一緒帰ろか」
少し顔をあげて白石君を見る。やっぱり優しい顔だ。
「……うん、帰る」
不思議だ。雷が怖いのは、今もさっきも同じなのに、
「忘れもんないかー?しっかり確認するんやで」
白石君の声が近くにあるおかげで、雷の音が遠くに感じられた。
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