short | ナノ


ごはんを作る小春


 窓の外は、快晴とも曇りとも言えない天気。朝日が昇る時間だというのに、少し薄暗い。まるで今の私の心の中みたいだ。なんて、風邪をひいただけでそんなセンチメンタルなことを考えている自分が少しおかしくて、小さく呟く。

 ――咳をしても一人

 何物にもとらわれない自由だっていう開放感と、少しの寂しさとが混ざり合う不思議な感覚。しばらくしてスマホを見ると、ご飯食べたん? という小春からのメッセージ。

 返事をしようと思い、文字を打ちやすいように体勢を変えたとたん目眩がして目を閉じる。このまま寝てしまおう。幸い、今日は休日だ。熱のこもった布団の中で、冷たい場所を探すように足を少しのばす。こんな日の昇る時間に寝るなんて、いつぶりだろうか。遮光カーテンの隙間からかすかに漏れる光は、怠けているという意識をより一層強めるが、嫌な気はしない。たまにはこういう怠けた生活もいいじゃないか。少し贅沢な気持ちを感じながら、意識が遠のいていくのをのんびりと待っていると、ふいに玄関の戸がたたかれた。

チャイムを鳴らすのではなく、戸を軽く三回叩くその音は、宅配や勧誘ではなく私の友人が来たことを示していた。チャイムの音は、部屋に響いて苦手だから、できたら戸をノックしてという頼みを、友達はいつも律儀に守ってくれている。そのなかでも、この控えめだけど、少し早めのノックは――

 当たりをつけつつ、戸をあけると、そこには予想通り、呆れ顔の小春がいた。

「いらっしゃい」

 小春は、どうも、と儀礼的に挨拶を返してから、小さくため息をつきながら口を開いた。


「あんな、何回も言うてんのやから、そろそろ覚えてぇな。誰が来たか確認するまで簡単に戸は開けんの」

 ドアに駆け寄る私の足音が聞こえたんだろう。ドアの前に来てすぐに開けたことなんて、小春にはお見通しだ。

「うん、わかった」

 怒られているのに、心配されているのが嬉しくて、つい頬が緩んでしまう。それを見て、しゃーない子なんやからって呆れたように笑うその顔が、私はとても好きなんだ。

「上がらせてもらってもええ?」

「もちろん」

 寝ようとする前に掃除をしておいてよかった、と思いながら部屋に通すと、小春は持っていた買い物袋をテーブルに置いた。スーパーのレジ袋ではなく、小花柄のエコバッグは小春にとても似合っている。

「しっかり食べてるん?」

「んー、まあ」

 一日二食を「しっかり」と言ってもいいのか迷い、少し笑って濁すと、やっぱりな、と返って来る。

「野菜とか、お肉とかいろいろ買ってきたから、作るまでベッドで寝て待っとき。」

 私も一緒に作るよ、という言葉は、ええからはよ寝ぇ、という有無を言わさない目によって、言うことはできなくなってしまった。

 ベッドに軽く横になると、思い出したように、ぐわんとまた目眩がする。そうだ、体調が悪いんだった。小春が来てくれた嬉しさのせいで、忘れていたみたいだ。ベッドに横になって目をつむると、台所から料理をする音が聞こえてきた。野菜を切っている軽快なリズムと、お湯のわく音。一人暮らしの部屋からはついぞ聞こえることのないその音は、なんだか心地よかった。

 




 しばらくして気づくと、部屋にはいい匂いが漂っていた。

「あれ、伊織、気ぃついたん?ジャストタイミングやね、今、リゾットできたとこやで」

 そう言いながら近づいてきた小春の両手には、お椀とスプーンが握られていた。

「ありがとう。私、寝てた?」

「そらもう、ぐっすりと」

 ベッドから這い出して、コタツに潜り込む。目の前に置かれたリゾット。同じ材料でも私が作ると、おじやなのに、小春が作るとリゾットって感じになるから不思議だ。数種類の野菜の色とふわふわの卵に彩られたそれは、いい匂いと見た目で、食欲をそそる。

「美味しそう」

「せやろ。自信作やから、はよ食べ」

 いただきます、と手を合わせてから、スプーンに手を伸ばす。まずは一口食べる。あったかくて、身体にしみる。優しい味って、こういう味のことを言うんだろうなって味だ。美味しい、と言う間も惜しくて、もう一口くちに運ぶ。さらにもう一口。

 思わず半分くらい無言で食べてから、ふと視線に気づき顔をあげる。

「小春もお腹すいた?」

「いや、ウチはもう食べてきたから、大丈夫やで」

「食べてる人のことじっと見るんはマナー違反やでって、昔、小春が言ったのに」

 夢中になって食べていたのを見られていたのが恥ずかしくて、つい不機嫌な声でそういうと、小春は、堪忍堪忍、と笑った。

「美味しそうに食べてくれとるなーって思ったら嬉しくなって、つい見てもーてん」
 
 せやから堪忍な、なんて言って嬉しそうに笑われたら、もうそんなの、許すしか選択肢はないじゃないか。

「リゾットに免じて許す」

 わざと、ふてぶてしくそう言うと、そらよかったわー、とまた笑った。話している間に少し冷めてしまったリゾットは、それでも美味しさを失ってはいなかった。

「久しぶりにご飯食べた気がするな」

 つい、ぽそりとそう呟く。食事は忙しくてもとるようにしているから、本当に食べるのが久しぶりなわけではないのだが、こうやって、いただきます、と手を合わせ、美味しい、と味わって食べる食事は久しぶりだった。

「ごちそうさまでした」

「よろしゅうおあがりぃ」

「本当に美味しかった。ありがとう」

「ええんよ。まったく、いつもでも手のかかる子ぉなんやから、伊織は」

 言ってる内容とは裏腹に嬉しそうな小春の表情。満たされたお腹と気持ち。一人も好きだけど、小春といる二人は、一人よりも好きだな、なんて思った。

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