自然に男前な一氏君
「……どうしよう」
せっかくの日曜日の朝だというのに、私は一人駅前で途方にくれている。
思えば、起きた時から今日は厄日だった。
目覚ましをセットし忘れていたせいで、起きた時間は友達と会う約束の三十分前。約束に間に合うためには十分後のバスに乗らなければならないから、急いで顔を洗って支度して、朝ごはんも食べずに家を飛び出し、なんとか約束の時間には間に合ったのだけど――
待ち合わせ場所について時間を確認しようと携帯を見た私の目に飛び込んできたのは、風邪ひいたみたいで今日は行けそうにないという連絡と謝罪のメール。なんてこった、こんなことならちゃんと朝ごはん食べるんだった。
風邪で来られないのは仕方がないから、一人で朝ごはんでも食べるか、と歩きだしたら、足元の小石につまづいて転んでしまった。周りの視線が恥ずかしくて急いで立ち上がると、朝ごはんを食べていなかったせいかふらついてしまい、何かにすがろうと近くの植え込みのブロックに手をついたら、コンクリートむき出しだったせいで手を少しすりむいてしまった。とりあえず側にあったベンチに座ると、少し落ち着いたせいか足がずきずきと痛むことに気づく。ああ、今転んだ時ひねったのかも。
――本当、今日は厄日だ。
はあ、と一人ため息をつくと、足音が近づいてきて私の目の前で止まった。
「神崎やないか。何一人で座ってんねん。さみしいやっちゃな。」
「一氏君。」
顔をあげると、そこにはクラスメイトの一氏君がいた。
「珍しいね。今日部活は?」
「補習組が結構おったから、午前は休み。」
補習組――ああ、そういえばこの間のテスト、赤点の人は日曜日に補習だったっけ。
「一氏君は補習ないんだね。」
なんとはなしにそう言ってから、失礼だったかな、と口をつぐむ。こんなこと言ったら、まるで一氏君が補習を受けると思ってたみたいじゃないか。
だけど一氏君は私の不安をよそに、嬉しそうに笑った。
「あったりまえや。俺には勝利の女神、小春がついとるんやからな」
悪くとられなかったことに安堵して、微笑む。
「小春ちゃん、頭いいもんね。私も教えてもらおうかな。」
「おう、小春は優しいうえに、教え方も上手いんやで!」
ひとしきり小春ちゃんのよさを語ってから、一氏君は時計を見た。
「まだこんな時間やな。朝飯食ったん?」
「え?や、まだ。」
「ほな、行こか。」
そう言うやいなや、一氏君は颯爽と歩き始めた。追いかけようとベンチから立ち上がりかけ、ズキッと足が痛み、またベンチに座り込む。
数歩歩いてから、私が着いてきていないことに気づいた一氏君が足早に戻ってきた。
「どないしたん?――なんで足おさえてんの?怪我か?ひねったんか?」
矢継ぎ早に聞かれ、悪いことをしたわけではないのに、少し焦る。
「さっき、少し転んでしまって、なんかその時にひねったみたい」
ベンチに座る私の前にしゃがみこんでいた一氏君は、私の言葉を聞いて下からクワッと睨みつけるように見上げた。ひい、怖い。見下ろされるよりも、なんか怖い!さっきまでの和やかな一氏君はどこへ、と軽く現実逃避を始めた私の耳に一氏君のさきほどまでより格段に低い声が飛び込んだ。
「ひねったんやったら、すぐに言わんかい」
「す、すみません、でした」
「ちょっと待っときや。勝手に足ひこずって帰ったらしばくで」
一氏君はそう言うと、さっきよりも速足でどこかへ行ってしまった。
どこへ行ったんだろう。待ってて、ってことは戻ってくるんだよね。歩けないままで一人でいるのは、なんだか不安だ。早く帰ってこないかな。
若干俯きつつ一氏君を待っていると、駆け足で戻ってくる一氏君の姿が見えた。
「一氏君、どこ行ってたの?」
「コンビニ」
「一氏君の朝ごはん?」
私がそう聞くと、一氏君は少し脱力したように、はあ、と長いため息をついた。
「痛がってわめき泣け、とは言わへんけどな、わかりにくいんじゃボケ」
こんなのん気にしとるやつが足ひねってるやなんて、わかるわけないやんかと小さな声で独りごちてから、またさっきのように私の前にしゃがむ。
「ほれ、とりあえずこれ食っときや」
「おにぎり?あ、鮭だ。食べていいの?」
ええから食べ、とだけ言うと、一氏君はコンビニのビニールからまた何か取り出した。おにぎり、ミネラルウォーター、アイスコーヒー用の氷、それから――包帯?
すべて出し終えたビニール袋に氷とミネラルウォーターを入れ口をしばり、私を見上げた。
「痛いん、左やんな。足首あたり?」
「うん、そう。」
「ひやっとすんで。」
そう言ってから、一氏君はひねった足首にさっきの氷水の入った袋をあてた。氷水の冷たさと一氏君の行動に驚いて思わず、んっとのどが鳴る。すると一氏君は氷水を私の足首にあてたまま、心配そうに見上げた。
「大丈夫か?」
心配そうな声音と表情にどきどきしてしまって、恥ずかしくて顔を下に向ける。でも一氏君は私の前にしゃがんでいるから、下を向いても顔が隠せない。
「えっと、大丈夫。」
上擦った声でなんとか答えると、一氏君は少しほっとしたように息を吐いた。
「少し落ち着いたら、包帯で固定するから、そしたら一緒に家帰るで」
まるで家まで送ってくれるような言い方――というより今までの行動を見るに、送ってくれるつもりなんだろう。そこまで迷惑はかけられない、と慌てて口を開こうとするより早く、一氏君が口を開いた。
「足痛くて帰れるか心配しとんのか?肩貸したるから、大丈夫やろ。アカンかったらおぶったるから、そんな心配そうにすんなや」
そういう心配じゃないんだけど、とは言えず、はい、ありがとう、とだけ小声で返す。
そんなに話したことがあるわけでもないクラスメイトの私を心配してくれて、こんなに助けてくれて、しかも、それをさも当たり前かのように自然にこなして。――ああ、もう、こんなの好きになるに決まってるじゃないか。いまだ心配そうに私の足を見る一氏君のつむじを見ながら、顔にゆっくりと熱が集まるのを感じていた。
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