short | ナノ


一氏君と曇りの日


一氏君と冬の日の続き


朝起きて、枕もとの時計に目をやる。設定した目覚ましアラームより早く目が覚めたみたいだ。よし、今日はなんだかいいことありそうだ。せっかくの休日だし、どこか出かけようかな。新しい春服もほしいし、靴もほしいし。あ、そうだ、それに合わせて髪も春っぽくしちゃおうかな。うっしゃ、いつになく女子力高い考えだ。んふふっと少し笑ってから、ベッドの中で一度のびをして、張り切ってカーテンをあけた。

「…あ。」

窓の外は、どんよりとした天気だった。今にも雨が降り出しそう。

「なんてこった。」

そうか、私がいつになく女子力なんてこと考えるから、天気が私を止めにきたのか。なんて失礼な奴だ。もういっそのこと二度寝してやる。ぼふっと気持ちのいいベッドに倒れこむようにして寝ころぶ。柔らかい布団が気持ちいい。こんな休日だって、いいじゃないか。よし、今日は出かけない。暖かくなってきた最近の気候のおかげか、すぐに眠れそうだ。よかった。

まどろみかけていたその時、ふいに電話が震えた。こんな時に電話なんて、誰からだろう。相手の名前を見ると、一氏だった。

「はい、何ー?」

「おう、暇か?」

ベッドで寝がえりをうち、寝やすい姿勢をとってから、忙しいよ、と答えると、ほんか、と笑いまじりの声に尋ねられる。

「本当だよ。今日は、ゆっくりと昼まで二度寝して、お昼はゆっくりご飯たべて、夕方までのんびりするの。ほら、一日予定ぎっしり。」

そう言って笑うと、おー、そら忙しそうやなー、と流された。

「ほな、今からそっち行くわ。」

「えー、忙しいって言ってるじゃんか。」

「どうせ朝はよ起きたはええけど、天気悪いしでかけんのめんどうやなーとか思ってんねやろ。」

考えていたことをあてられ、口を閉じる。

「そろそろ着くから電話きるで。」

「んー、わかった。」

なんだか流されて、結局この部屋に一氏を迎え入れることになってしまった。そうと決まれば、めんどうだけど、なんかごはんでも用意するか。簡単な朝ごはん。卵焼きと味噌汁でいいよね。あ、昨日作った煮物が冷蔵庫にあったっけ。あれも温めよう。卵はいつもどおり、出汁入りの砂糖少なめ。

作りながら、自分が鼻歌を歌っていることに気づく。なんだかんだで、私も一氏が来るのが楽しみなんだ。

顔を洗ってから、一通り朝食の準備が終わったあたりで玄関のチャイムが鳴る。一氏だ。ナイスタイミング。

「よー、来たで。」

「ごはん食べてないんでしょ。作ったから食べよ、食べよ。」

しまいそこねたコタツに座るように促し、二人分の朝食を運ぶ。えぇにおいするやん、と少し嬉しそうな一氏を見て、満足げな気持ちになる。

「いただきます。」

「どうぞー。私もいただきます。」

今さっき焼いたばかりの卵焼きはまだ熱くて、おいしい。箸で切ると、少し出汁があふれてくる。うん、我ながらいい出来だ。

「あ、この味噌汁いつものんとちゃうな。」

一氏にそう言われ、お、やっぱり気づいた、と心の中で笑う。

「うん、急だったからさ、時間短縮で、かちゅー湯にしたの。いつものいりこ出汁じゃなくて、鰹節と味噌とねぎと生姜をお椀に入れてお湯を注いだだけ。すぐにできるけど、おいしいでしょう。」

「おん、うまい。」

一氏はそう言ってから、また味噌汁、もとい、かちゅー湯を口にした。

一氏は料理を食べてもらう相手としては結構いい相手だと思う。食べる前から嬉しそうにしてくれるし、食べているときも、これがおいしいだとか、どうだとか、いろいろ言ってくれるし、少しいつもと違うものを作ったらすぐに気づいて言ってくれるし、

「あ、冷蔵庫借りたで。近所のケーキ屋もう開いとったから、ちょっと買うてきてん。」

それに、ほら、こうやってデザートを用意してくれるし。

「やった!なんだろ、楽しみ。」

卵焼きを食べながら、食後のデザートが楽しみで頬が緩む。

「春の新商品って書いてあったで。たぶんまだ食べてないんちゃう?」

「食べてないね、食べてない。春の新商品かー。もうその響きだけでおいしいね。」

予定の入っていない休日の朝、一氏はよく私の部屋へやって来る。そしてこうやって一緒に朝食を食べて、一氏の買ってきたデザートを食べるのは、もう一連の流れと化している。

「てか、朝から来るとか、いつものことながら、一氏って暇なんだねー。」

食べ終わった朝食の食器を流しに持って行きながらそう言うと、一氏は、こうやって部屋におるお前もたいがい暇人やけどな、と返した。

「暇人じゃないし。今日だって、出かけようかと思ってたんだよ。」

天気がよかったら、の話だけど、というのは心の中でだけ付け足しておく。

一氏はそんな私をちらっと見てから、はっと小さく笑った。

「天気がよかったら、やろ。」

…なんでわかるんだ。少しふてくされた気持ちになって、コタツにあごをのせて、寝たふりをする。

一氏はそんな私の様子を気にするそぶりも見せずに、冷蔵庫まで行って、おみやげのデザートを持ってきた。

「ほれ、甘いもんやで。食べや。」

「ん、食べる。…わあ!」

目の前に差し出されたそれを見て、一瞬でふてくされた気持ちなんて飛んで行ってしまった。一つは薄ピンクのモンブラン。多分苺のモンブランだろう。上に飾られた桜の花びらに模したチョコレートが可愛さを増している。もう一つは二層になっている四角いケーキ。下の層は苺が練りこまれたスポンジケーキ、上は…なんだろう、たぶん見た目から想像するに、レアチーズケーキかな、もしかしたらムースかも。薄ピンクだから、やっぱり苺の味がするんだろう。

「すごいね、一氏!春だね、春!」

「おう、せやな。」

一氏はそう言って小さく笑った。

「半分こしよ、半分こ。」

そう言って、まずモンブランを口に含む。甘さの中に少し苺の酸味がまじり、おいしい。爽やかな春って感じだ。もう一つの四角いケーキも続いて一口食べる。あ、チーズケーキじゃなくてムースだった。何か洋酒入ってるみたいで、少しの苦味のあるスポンジと甘いムースの組み合わせは抜群だった。

「おいしいね!一氏ナイスチョイス!」

「そらよかったわ。食べ終わったらDVDでも借りに行こうや。天気も悪いし、今日は部屋でまったりやな。」

「そうだね。」

起きた時は、どんよりとした天気で嫌だな、なんて思っていたけど、こんな過ごし方も結構好きかもしれない。というか、私はもしかしなくとも、一氏のことが、結構好きなのかもしれない。一氏に好きだと一回言われてから、もう数か月経つが、今でも一氏は、その、私のことが好きなんだろうか。

冬の日にいきなり好きだと告げられてからも、恋人になってくれと言われるわけでもなく、今までどおり友達付き合いをしていたわかだけれど、一氏はどう思ってるんだろうか。そんなことを考えているうちに、なんだか急に自分が恥ずかしくなってきた。私、今すっぴんだ。しかも部屋着のままだし。うわ、髪の毛なんて、料理するときに邪魔にならないように前髪はゴムでちょんまげで、後ろは普通の黒ゴムで一つくくり。どうなんだろう、これは。さすがにだめだろう。今更ながら一氏の反応が気になってちらっと見ると、なんとも嬉しそうな一氏と目が合った。全力笑顔ってわけではないけれど、目の奥がはしゃいでいる。なんでこんなに嬉しそうなんだ、一氏は。そして、なんでかはわかんないけど、そんな一氏を見てたら、不思議と私まで嬉しくなる。

「私、一氏が好きなんだな。」

口に出してみて、改めて納得する。そうか、私は一氏が好きなんだ。

一氏は私のいきなりの発言に驚いたらしく、目を見開いて固まっていた。お、この表情は珍しい。

「好きだよ、一氏。冬に好きって言ってくれた時から結構経ったし、一氏はもう私のことただの友達と思ってるかもしれないけどさ、それでも好きだよ。」

欲を言えば、今でも一氏に好きでいてもらいたいけど、こうやって一緒にいられるだけでもいいや。そう思って笑うと、一氏はばたっとコタツに突っ伏した。そして、そのまま少しくぐもった声を発した。

「あほぬかせ、今でも好きやわ。」

照れる一氏を見て、こちらまで少し照れてしまって、それを隠すために笑いながら自分の前髪を指した。

「こんなちょんまげすっぴんでいいの?」

一氏はちらっとこっちを見てから、また顔をコタツにふせた。

「…そんなんまでかわええなって思ってまうんやから、もうしゃーないやんか。」

何か言おうかを考えたけれど、何も言えずに私も一氏と同じくコタツに突っ伏す。そんなこと言われたら、もう照れ隠しなんて、できないじゃんか。

二人で照れてコタツに突っ伏して、はたから見たら、なんておかしな光景なんだろう。でも、こんな休日も、悪くない。だって、やっぱり、私は一氏が好きだから。


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