short | ナノ


完璧な彼氏でいたい白石君


蔵ノ介は、いつもパーフェクトだ。道を歩く時はいつも道路側だし、風邪をひいた時はお見舞いで桃とゼリーを持ってきてくれるし、疲れて蔵ノ介からのメールや電話に気づかなかった時だって、なんで電話でぇへんの、なんて言わずに、疲れとるみたいやなー、無理しすぎたらアカンで、深呼吸深呼吸ってメールくれるし。

本当、蔵ノ介はすごいな。

「伊織さん。」

蔵ノ介のことを考えていたら、後ろから名前を呼ばれ、意識が現実に引き戻された。振り返る前に両手で目を覆われ、少し驚いたが、続いて聞こえた、だーれだ、というテンション低めの馴染み深い声に思わず笑みがこぼれる。

「財前。」

「当たりっスわ。はい、景品。」

景品、と差し出されたものは、オレンジジュースの冷たい缶。

「ありがとう、ちょうど暑かったんだ。でもいいの?」

後輩からおごってもらうのはちょっと気がひけるな、なんて思って手を出しかねていると、財前はコトリと缶を私の机の上に置いた。

「あたりが出たらもう一本で当たった奴なんで気にせんでええっスよ。」

そう言った財前の手には、確かにもう一本缶が握られていたから、ありがたくもらうことにした。

「ありがとう。」

偶然廊下から教室にいる伊織さんが見えてあげただけやから、気にせんといて下さい、と素っ気なく言われ、思わず笑ってしまうと、なんすか、とジロリと見られた。

「いや、財前は優しいなーと思って。」

「は?俺が優しいとか、伊織さん、ほんま変わり者っスね。…まあ、あの部長と付き合えてる時点で、もう相当変わり者っスけど。」

財前の言葉に内心首を傾げた。まるで、蔵ノ介と付き合うことが変わってると言われているみたいだ。蔵ノ介は優しくてかっこよくておもしろくて努力家で、でもそれらを鼻にかけたりしなくて、すごく素敵な人なのに。

私が黙っていると、財前は何かに気づいたらしく、あ、と小さく声をあげた。

「財前やん。どないしたん?3年のクラスになんか用か?」

私の背後から聞こえた声は聞き違えようもない、大好きな蔵ノ介の声だ。

振り返ろうとしたけど、蔵ノ介のあごが私の頭に乗せられたせいで動けなかった。あごをのせたまま話すせいで、蔵ノ介が話す度に振動が伝わってきて、少し面白い。

「いや、用ってわけやないんすけど。まあ、自販機当たったんで、伊織さんにめぐんだろか思いまして。」

めんどくさそうにそう説明する財前がおかしくて、くすっと笑うと、頭上から蔵ノ介の視線を感じた。

「ほら、これ。オレンジジュースめぐまれたよ。」

蔵ノ介に見えるように缶を持ち上げる。よかったな、ちゃんとお礼は言ったん、だなんて言いながら笑う蔵ノ介は、ちょっとお母さんみたいだ。言ったらへこむから言わないけど。

「せや、これ渡そうと思ってたんに忘れるとこやったわ。」

なんだろう、と思っていると、蔵ノ介はひんやりとした何かを包んだハンカチを渡してくれた。

「伊織今日ちょっと体温高めやろ?保健室でアイスノン借りてきてん。これで首の裏冷やしとき。」

「ありがとう。」

首の裏に当てると、体の熱がすうと少し治まった。気持ちがいい。

「なんで体温高いってわかったんスか?」

不思議そうに尋ねる財前を見て、私も同じく不思議に思って首をかしげた。

「俺は伊織のことめっちゃ見てるから大抵のことはわかんで?」

蔵ノ介は、当たり前やんか、こんなん、と笑った。

「やっぱ、蔵ノ介はすごいな。私も蔵ノ介のことたくさん見てるけど、体温まではわかんないや。」

「そうなん?ほんなら、もっとたくさん俺を見て、俺んことわかってな。」

優しく微笑みながら言われ、少しはにかむ。

「まっかせといて!」

照れ隠しで少し大きめの声で言うと、そんなの全てお見通しみたいな笑顔で頭を撫でられた。やっぱり、蔵ノ介のこと、好きだな、なんて、私はこうやって毎日思い知るんだ。

「あ、せや。」

ふと、思い出したように蔵ノ介は言った。

「まだ課題ノート出してなかったんちゃう?今係のやつが集めてんで。」

「本当だ!蔵ノ介ありがとう。財前もジュースありがとう。今度なんか甘味ごちそうするねー。」

優しく微笑む蔵ノ介と、何故か苦い顔をしている財前に手を振ってからロッカーに向かった。




「白石部長、別に俺、二人で甘味食べ行ったりなんてしないっスからね。」

伊織さんがおらんくなったのを見計らってそう言うと、ロッカーの中から課題を探している伊織さんを愛しそうに見ていた白石部長がこちらに顔を向け、少し情けなさそうに眉を下げた。

「気にせんで行ってき、なんて言えたらええんやろけどな。残念ながら俺には無理やわ。」

そんな嫌なら、全部直接言ったったらええと思うのに、白石部長は全く言わへん。嫉妬深くてかっこ悪いとこなんて、見られたくないねんて。俺からしたら、普段から絶頂やなんて言うとる人が、何を今更って感じやけどな。

「俺も一緒に3人でとかやったら全く問題ないねんけどな。あー、でもそんなこと言って、私の交友関係にまで入ってこんといて、なんて言われたら俺しばらく立ち直れへん。」

あー、めんどくさ。はよ伊織さん帰ってけーへんかな、と教室の中を見ると、ちょうど課題を無事に提出し終えた伊織さんが近づいて来ていた。

「ただいま!」

おかえり、と優しく髪を撫でる白石部長は、さっきまでうだうだとめんどくさい思考を繰り広げていた人物とは別人みたいだった。作っとる言うよりは、伊織さんの前ではこれが自然なんやろな。

甘味、3人で行こうや、くらいさっさと言ったらええんに。はあ、しゃーなし、俺が人肌脱いだるか、と口を開くより少し早く、伊織さんが口を開いた。

「甘味、今日の放課後でいい?蔵ノ介と財前は何にする?私は抹茶プリン!あそこの、すっごく美味しいから、一口あげるね、蔵ノ介。」

「へ?」

白石部長が不思議そうに呟くと、伊織さんも不思議そうに首をかしげた。

「どうかしたの。蔵ノ介、抹茶プリンだめだったっけ?」

「いや、好きやで。というか、えっと、俺も一緒やねんな。」

なんとか平静を取り戻した白石部長がそう言うと、伊織さんは嬉しそうに笑った。

「あったり前じゃんか、そんなの。蔵ノ介のいるところ私あり、だもんねー!」

なんや、初めから白石部長も人数に入っててんな。俺がわざわざ世話焼く必要なんてあらへんかったわ。全く、人騒がな先輩らやわ、と笑い混じりのため息をこぼす。

放課後楽しみだね、と楽しそうに笑う伊織さんを見て、白石部長も嬉しそうに笑っていた。

prev next

[ top ]