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恋愛のよさを教える白石君


休み時間、友達に借りた雑誌を、暇つぶしがてら開く。大きな文字で書かれていたのは、「彼のハートをつかむ、夏!」というキャッチフレーズとともに可愛く笑うモデルの子。あ、この子が着てるワンピ可愛い。

「伊織、恋愛したいん?」

唐突に、隣の席の白石にそんなことを聞かれて、なんで、と尋ねると、それそれ、と私が今見ている雑誌を指された。

「ああ、これ、友達が貸してくれたの。別にハートをつかみたい彼なんて、私にはいないけどさ、新作の服可愛いよ。白石も見る?」

笑いながらそう言うと、ふーん、と言いながら、白石は雑誌を覗き込んだ。

「あ、このワンピースええな。」

「だよね!わたしもさっき思ったとこ。買おうかな。」

「ええんちゃう、似合いそうやで。」

よし、今度の休みは買い物に行こう、と決めていると、白石が、ほんで、恋愛したいん?したないん?ともう一度聞いてきた。

「恋愛か。うーん、部活が楽しいし、今はいいや。」

絶対に恋愛したくない、というほど強く思っているわけではないけど、友達と遊ぶのは楽しいし、部活も楽しいし、今の状況で満足だ。

「なるほどな。」

白石はそう言ってうなずくと、ノートとシャーペンを取り出した。

「ちょっと見てな。」

「うん、何?」

白石は私が見やすいようにノートをこちらに向け、それに丸を一つ書いた。

「部活で楽しいって気持ちが、この円や。」

「うん。」

「ほんで、友達とかとおって楽しいって気持ちが、この円や。」

学校、家、趣味、白い紙にはどんどん白石の描く丸が増えていった。

「ほんでな、恋愛して楽しいって気持ちが、この円や。わかるか?」

丸が増えたことはわかるけど、白石が何をしたいのかは、わからない。

首を横に振ると、白石は、私を見て口を開いた。

「恋愛したらな、その分今の楽しいんが減るわけやないねん。新しい楽しいが増えんねん。」

もう一度、丸がたくさん書かれた紙に目をやった。

「なるほど。丸はふえるんだね。」

一理あるかもしれない。こんなことがわかるってことは、白石はきっと恋愛をしているんだろう。まったく知らなかった。ちょっと友達を取られた気分だ。でも、まあ、友達の「楽しいって気持ちの丸」が増えるのは嬉しいことだ。

「わかったよ、白石。」

「ん?」

なにがわかったん?と言うような感じで、白石は私を見た。

「白石は恋愛してるんだね。それで、私にも、恋愛っていいものだって、教えようとしてくれたんでしょ。」

私がそう言うと、白石は、恋愛したくなった?と聞いてきた。したくなってするものじゃないだろう、恋愛なんて。少し笑いながら、

「どうかな、一人でできるもんじゃないし。まだわかんないや。」

そう答えると、白石は、ふわっと笑った。白石のこの優しい笑い方が好きだ。恋愛するなら、こんな笑顔のできる人がいいな、なんて、漠然と思った。

「せや、恋愛って、一人でできるものじゃないねん。俺のもまだ恋愛じゃないねん。恋やねん。」

白石の発言に思わず驚いた。え、片思い中ってこと?それって、こんなにふわっと笑いながら言うことなんだろうか。やっぱり恋愛って、難しい。

私が心の中で悩んでいると、白石は、さっき書いた恋愛の楽しいって気持ちの丸を指しながら、さらに続けた。

「誰でもいいわけじゃないねん。その人とじゃなきゃ、この丸は増えへんねん。」

なんと言ったらいいのかわからなくて、私はただ、難しいね、とだけ言った。

「伊織。」

「なに?」

「俺、この丸増やすんやったら、伊織とがええな。」

「…へ?」

え、今なんて言った?この丸って、恋愛のこと、だよね。え、どういうことだ。

混乱が顔に出ているであろう私を見て、白石はまたふわっと笑った。まるで私を安心させるかのように。

「俺とおったら、楽しいと思うで、伊織。友達のままより、もっと楽しいで。」

白石の言った言葉を頭の中で反芻した。

白石と一緒にいるのは、楽しい。

白石の優しい笑い方が好きだ。

恋愛するならこんな、白石みたいな笑顔のできる人がいいなって、そう思ったんだ。

なんだ、もうわかってたんじゃないか。私も白石と同じだ。

「白石。」

「ん?」

「私も、この丸増やすんだったら、白石がいいな。」

「そら、よかった。」

そう言った白石の顔は少し照れくさそうで、でもやっぱり嬉しそうだった。


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