short | ナノ


跡部さんのプロポーズ


昼休憩、新着メールに気づいた。跡部からだ。

跡部とは学生の時からの友人で、互いに働きだした今でも、こうやってたまに連絡が来る。私がよく行く和やかな雰囲気の居酒屋に行ったり(跡部もここの素朴な味の料理を気に入ったみたいだ)、跡部がよく行くバーに行ったり(オシャレなお酒の名前なんて知らなくて戸惑っていたら、さらっと私好みの味のカクテルを頼んでくれた跡部は、ちょっとかっこよかった。そんなこと、言わないけど)

今日は何かなー、なんてワクワクしながらメールを開くと、「今日の夜、空いてるか?」というシンプルなメール。「空いてるよ。何かあるの?」と、同じくシンプルに返すと、跡部も昼休憩中だったのか、すぐに返事が来た。「今日は星が綺麗に見えるんだと。会社まで迎えに行くから、仕事終わったらメールしな。」

「…星?」

メールを読んで、思わずそう口に出した。星が綺麗に見える、か。キザだなー、なんてちょっと笑いつつも、それが様になっちゃうんだもんな、なんて納得したりもした。

「了解!楽しみ。」そうメールを返し、携帯を閉じた。夜が楽しみだ。


***


なんの問題もなく仕事を終え、もう終業時間になった。跡部にメールすると、「会社の屋上に来い。」というメールが返って来た。

屋上?もしかして、うちの会社の屋上で星を見るってことなのかな?

不思議に思いながらも屋上へのエレベーターに乗る。まだそんなにお腹減ってないから、空腹になったら、何か食べに行けばいいか、なんて考えながら屋上の扉を開き、広がった光景に、固まった。

「よう、伊織。お疲れ様。」

「え、なにこれ?」

私が驚くと跡部は、企みが成功した、とでもいうような笑みを浮かべた。

「驚いたか?」

「そりゃあ、もう。」

私が驚いたのも無理はないと思う。だって、扉を開けた先には飛行船がとまっていたんだから。飛行船なんて、上空を飛んでるのもなかなか拝めない代物だっていうのに、いきなり目の前になんて現れたら、きっと誰だって驚くはずだ。

目の前で見る飛行船は、思っていたよりも大きくて、少しドキドキした。

ぼーっと呆けるように飛行船を見ていると、目の前に手を差し出された。

「乗るか。」

「うん。」

手を引かれるがままに歩き、飛行船の中に足を踏み入れた。初、飛行船だ。

ふわ、という浮遊感。窓の外を見ると、さっきまで足をつけていた屋上が、どんどん下になっていった。

初めての場所、というか乗り物に少し緊張して足元を見ていると、跡部に、伊織、と名前を呼ばれ、顔を上げた。

「せっかくの星空だ。見ねぇともったいないぜ。」

ほら、と窓の外を指され、恐る恐る外に目を向けた。

「わあ!すごい、空飛んでるよ!星、綺麗!」

窓の外は、さっきまでの緊張なんて吹き飛んでしまうくらいの絶景だった。今日は星が綺麗に見えるって跡部言ってたけど、どうやら今日は新月だったみたい。月明かりのないおかげで、星はいつもより輝いて見えた。

「そうか。気に入ったみたいでよかった。」

緊張もとけ、はしゃぐ私の横で、静かに笑いながら星を眺める跡部。

「うん、まさか自分が飛行船に乗るなんて思ってなかったよ。昔はこれ、魔法の乗り物だと思ってたんだ。」

ふと、そんな昔のことを思い出して口にすると、跡部は、ふっと笑った。

「ああ、そうだったな。」

そうだったのか、じゃなくて、そうだったな、と言われ、驚いて跡部を見た。

「え、知ってたの?」

跡部は、馬鹿にするでもなく、自然に、ああ、と頷いた。

「飛行船はきっと魔法の乗り物。王子様は白馬じゃなくて、きっと魔法の乗り物に乗ってる、だったか?」

跡部に言われ、思わず恥ずかしくて手で顔を覆った。

「えっ、ちょっと、本当になんで知ってるの、恥ずかしい!中学の頃だからね、今はそんなこと思ってないからね!」

「恥ずかしがることないだろ。」

「うるさいなー、もう跡部のばか。」

恥ずかしくて、ふてくされたふりをしてプイと横を向くと、困ったような笑いが隣からこぼれた。その優しげな響きに思わず目を向けると、優しく微笑む跡部と目があった。

「そんなこと言うなよ。伊織が王子様は飛行船に乗ってるって言ったから、伊織のために飛行船を用意したってのに。」

「…は?」

「The prince and the princess lived happily ever after.(お姫様は王子様と末永く幸せに暮らしました)伊織の好きなお伽話は、よくこれで締めくくられてたな。」

「そうだったね。」

跡部の言いたい意味が理解できずに曖昧に頷く。

「どうだ、王子様は見つかったか?」

王子様、か。懐かしい響きに、思わず笑みがこぼれた。

「はは、、もう王子様を夢見たりなんてしないって。てか、日本の公道を白馬で走ってたらただの怪しい人だから。」

私がそう言って笑うと、跡部はさらに続けた。

「お前の王子様は白馬じゃないんだろ。」

たぶん、王子様は白馬じゃなくて、きっと魔法の乗り物に乗ってる、のことを指してるんだろう。もう何年も前の話だっていうのに、本当によく覚えてるな。

「もう、魔法の乗り物の話もひっぱらないでよ、恥ずかしい。それに、飛行船だってそんなポンポン気軽に飛んだりしないんだから。」

この話はこれでおしまい、と示すように両手を振ると、跡部に、ふっと笑われた。

「何?」

「お前が今乗ってるのはなんだ。」

「え?…あ、飛行船。」

そうだ、私は今、「そんなポンポン気軽に飛んだりしない」その飛行船に乗っているんだった。

「さっき言ったろ。伊織の為に用意したって。」

跡部に見つめられ、吸い込まれるように、その瞳に見入った。

私のために?私が中学の時に言った、たわいない一言を覚えていてくれて、それでこんなことを?

ようやく意味を理解して少しぼーっとしていると、跡部は、やわらかく笑って私の顔を覗き込んだ。

「で、王子様は見つかったか?」

「たった今、見つかった、みたいです。」

「くっ、そりゃよかった。」

嬉しそうに、楽しそうに笑う跡部は、なんだか本当にお伽話の中から出てきた王子様みたいだった。

「本当に、お伽話みたい。」

呟くようにそう言うと、跡部の肩の上にコテンと頭を引き寄せられた。

「お伽話なんかじゃ終わらせねぇよ。」

「ふふ、ありがと。」

静かに進む飛行船。綺麗な星空。お伽話は、まだまだ続くみたいだ。


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