財前君の添い寝
夜もふけ、明かりの消した部屋に一人。かろうじて明るいのはテレビから出る光。聞こえるのはテレビから流れ出る音だけ。
ついさっきお風呂に行った光は、先に寝ててええで、と言っていたけれど、なんとなく寝る気になれない。テレビを見るともなくぼーっとしていると、カチャ、とドアの開く音がした。
「なんや、まだ寝てへんかってんな。」
「あ、ひっか、おかえり。」
光は、ただいま、風呂あがったで、と一言言って、私の頭を一回だけ撫でて、隣に座った。
いつもだったら、ひかるんとか、ぴかとか、光以外の呼び名で呼んだら、なんやねんその変な呼び名、とか言ってくるのに、今日の光は疲れてるのか呼び名はスルーされてしまった。構ってもらえなくて、ちょっと寂しいかも。
「ひっか。」
「んー?」
特に言いたいことがあったわけではないので、そのまま黙っていると、光は今にも眠りにつきそうな顔のまま、こちらにチラリと顔を向けた。
「テレビ、見てんの?」
光に言われて、思い出した。そういえば、テレビついてたっけ。
「見てない。」
「ほな、消そか。」
「うん。」
テレビが消えると、音も光もなくなった。カーテンは開いてるけど、月明かりは入らない。そうか、今日は夜から曇りになるって、天気予報で言ってたっけ。
少し遠くから聞こえる車の音と虫の声。不釣り合いなその二つの音は、なんだか少し、現実味がなく感じられた。
光の、ふぁ、という小さくあくびが耳に入り、光に目を向ける。
「眠い?」
「ん、せやな。」
光はあくびをかみころし、私の肩に頭をのせた。乾かしたばかりの少し固い髪が首にかかって、なんだかくすぐったい。
「眠いならベッドで寝た方がいいよ。変な体勢で寝たら首寝違えちゃうから。」
「ん、せやな。」
そう言いながらも体勢を変えず、私の肩に頭を預けたままの光に、つい笑みがこぼれた。光、寝ぼけてるのかな。可愛い。
「ひっか、好き。」
「俺も好きやで。」
「ふふっ、どのくらい?」
どのくらい好き、だなんて、いつもはやらない、少しばかみたいなやり取りに、自分で言っておきながら少しおかしくなって小さく笑った。
「そうやな、今みたいに、めっちゃ眠くても、伊織がなんか甘えたそうやったらつい寝んと構ってまうくらいには、大好きやな。」
適当に、こんくらいやな、とか言われる気がしていたから、予想外の答えに驚いた。
「別に、甘えたいとか思ってないし、寝たいなら寝ていいよ、ひっか。」
強がりとかじゃなく、本心からそう言うと、ひっかは眠そうな顔のまま、おかしそうに小さく吹き出した。何か笑えるとこあったかな、と不思議に思って、何、と問いかけると、光は笑ったまま口を開いた。
「気づいてないみたいやけどな、伊織が俺のこと、ひっかって呼ぶのんて、伊織が内心甘えたいって思ってる時やねんで。」
そう言われて、さっきからずっと光のことをひっかと呼んでいたことに気づいた。
「何があったんか、それとも別に何もなくて、ただ甘えたかっただけなんかとかはわからへんけど、」
光は私の片腕を取って、手首に軽く口を寄せた。
「せやけど、普段素直に甘えてくれへん伊織が見せてくれるサインやから、俺は伊織がひっかって呼んできてくれた時は、こうやって傍にいたいって思ってんねん。」
光の声は、静かなのに、どこかあたたかかった。
「どうしたらええんかとか、あんまわからへんから、傍におるくらいしかでけへんけどな。」
照れ隠しなのか、そう言って少し笑った。
光が、こんな風に想ってくれてただなんて、知らなかった。私が自分でさえ気づいていなかったサインに、気づいてくれていただなんて。
「ありがとう。傍に、こうやっていてくれるの、すっごく嬉しい。」
「さよか。」
そう言って光は小さくあくびをかみころし、あくびのせいで目尻にたまった涙を軽く指で拭った。
「すまん、寝る気はないねんけど、今日はあくびが隠れててくれへんみたいやわ。」
あくび、別に隠さなくてもいいのに。でも、そんな優しさが、なんだか嬉しかった。
「ベッド行こ。もう横になろ。」
「伊織も一緒に?」
「うん、私ももう横になる。」
肩に預けられた光の頭の方に首を傾け、頬を寄せる。光の少し固い髪が頬を撫でる感触が気持ちいい。
「ん、ほなごろごろしよか。」
光はそう言って私の肩から頭を起こすと、片膝をついて、私の膝下と背中に腕を回した。
「ほら、首に腕まわし。」
当然のようにそう言われ、戸惑いつつも光の首に腕をまわすと、光はそのままスッと立ち上がった。お姫様だっこだ。眠そうなのに、全然ふらふらしてないや、すごい。いつもはこんなことしないから、なんだか照れくさくなって、光の頬におでこを寄せ、わざと拗ねたように口をとがらせた。
「歩けるのに。」
「せやな。知っとる。」
そう言った光の声はやっぱりあたたかかくて、気づいたら拗ねてる気持ちよりも、嬉しい気持ちの方が大きくなっていた。
「ついたで。」
ゆっくりと、まるで本当のお姫様を扱っているかのように、そっとベッドに下ろされる。体がベッドに軽く沈む感覚を楽しんでいると、光も私の隣に横になった。
当たり前のように首の下に腕を通され、腕の中に閉じ込められた。お風呂に入ったせいかいつもより高い体温、私が大好きないつもの匂い。
「ちょっと、眠く、なってきた、かも。」
「さよか。」
「光。」
「ん?」
光は眠そうな目を薄く開いて、私を見た。
「大好き。」
「ふ、俺も、めっちゃ好き。」
さっきまでは、寂しいとか一人にしないで欲しいなとかいう気持ちが静かにくすぶっていたのに、いつの間に心の内は、光が大好き、というあたたかい気持ちでいっぱいになっていた。幸せな、気持ちだ。
もう一回光を見てから、目を閉じて、小さく、おやすみ、と呟いた。
返ってきた優しい声音のおやすみと、ひたいに振ってきた唇の感触が嬉しくて、思わず、ふふと笑みがこぼれた。
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