short | ナノ


金ちゃんが可愛くてしかたがない


「可愛い、もう金ちゃん本当に可愛い。どこが可愛いかなんて、一言ではもちろん語りつくせるわけなんてないんやけど、幸せそうな顔で口いっぱいにたこ焼きを頬張るとことか、小柄に見えて筋肉はしっかりついてて力持ちなとことか、全力で走ってる時に小石につまずいてこけそうやと思ったら、身軽に一回転して受身をとっちゃうとことか、もう本当に可愛い。」

ああ、もうなんなの、あの可愛さは。至福のため息をつきながらそう言うと、目の前で聞いていた一氏が呆れたような顔で見てきた。

「なんちゅーか、」

「なによ。」

一氏は手鏡を私の前につきつけて、言い放った。

「犯罪くさいで、お前。」

「ひどい!」

確かに鏡にうつる顔は、にやけてだるーんと緩み、あやしかった。深夜に見たくない顔ナンバー3には入りそうだ。

でも、うら若き乙女捕まえて「犯罪くさい」だなんて、なんて失礼な奴なんだ。

「てか、一氏が小春ちゃんのこと語ってるときよりマシやし。」

「あ?俺はそんな犯罪くさい顔してへんわ。」

「いや、真顔で小春ちゃんのすばらしさを淡々と語る一氏も結構犯罪くさいで。って、アンタのことはええねん。金ちゃん!今は金ちゃんタイム!」

仕切直しに一回手を叩き、口を開いた。

「さっき力持ちやって言ったやろ?それだけやったら、かっこええなー、で終わるんやけどな、金ちゃんはそれだけやないねん。こないだ重いもん運んでたらな、金ちゃんが、大変そうやなー、持ったるわー、言うて全部持ってくれてん。ほんでな、全部持ってもらうんは悪いでって言うたらな、金ちゃんなんて言ったと思う?」

興奮をおさめられず詰め寄りぎみに聞くと、一氏はめんどくさそうに机に肘をついた。

「あー、大丈夫やでー、とか?」

「ちゃうちゃう!ニカッとわろて、わいは力持ちさんやから、任せといてや!って言うてん。力持ちさん。力持ち、さん!かわええ!」

「あー、さよか。(アカン、ツボわからへん)」

「しかもこけそうになって受身とった時もな、私が心配してかけよったら、あー、今の見てたん?うまいこと回ったやろ。なぁ、今の何点やった?って、…っもう、その笑顔100点満点やわ!」

ダンダンと机を叩きながらいうと、一氏の呆れたようなため息が上から降ってきた。

「なんでもええけど、金ちゃんがいつかお前の毒牙にかからんか心配やわ。」

毒牙ってなんやねん、人聞き悪っと言い返そうと顔を上げると、教室のドアがガタッとなった。

「お、金ちゃんやんか、3年の教室になんか用か?」

一氏の発言に、金ちゃんやて!と、思わず席から立ち上がった。

「ほんまや、金ちゃんがこっち来るやなんて珍しいなー。どうか、」

どうかしたん、と言い終わる前に、なにやら金ちゃんの様子がおかしいのに気づき、口をつぐんだ。

教室の扉から私を見つめる金ちゃんの顔は青く、体もガタガタ震えていた。

アカン、さっきの金ちゃんのかわいさを語っとったやつ聞かれてたんかな。やっぱ犯罪くさかったんやろか。

なんて弁明しようかと考えていると、金ちゃんが教室の扉を掴んだまま口を開いた。

「伊織って、毒牙もっとったんか!」

「へ?」

金ちゃんはなおもガタガタ振るえながら、口を開いた。

「わい、知っとるで、毒牙。毎日、毒を少しずつ飲み続けることによって、牙から毒が出てくるようになり、その牙に噛まれたものは、…うわぁ、おそろしゅーて、言えん!」

「き、金ちゃん、誰に聞いてん、その話。」

「ケンヤ。」

よし、謙也あとでしめる。

青い顔の金ちゃんを見てられなくて、視線をさ迷わせていると、口に手をあてて笑いをこらえている一氏が目に入った。今の状況、半分は一氏のせいでもあるっちゅーのになんて奴や。

「っ、伊織!」

切羽詰まったような声で名前を呼ばれ、顔を一氏から金ちゃんにうつすと、教室の扉にへばりついていたはずの金ちゃんがこちらへ走ってきていた。

そのまま私の腰にタックルしてきた金ちゃんのあまりの勢いに思わず、うっ、となったが、なんとか持ちこたえた。むちゃくちゃ痛いけど、涙目の金ちゃんを払いのけるやなんて、私には到底でけへん。

「たこ焼き食べたら毒なくなたりせーへんかな?なあ、伊織?」

毒なんてないから大丈夫やで、と笑おうと思ったのに、腰に抱きついたまま私を見上げる金ちゃんの目が真剣で、なぜかドギマギして何も言えなくなってしまった。ドギマギというか、ドキドキ、かもしれない。

「大丈夫やで、わいが毎日、たこ焼き食べさしたるさかい!」

金ちゃんはそう言うと、私を安心させるように、ぎゅっとさらに強く抱きしめた。私より小さい体だというのに、抱き着かれているというより、抱きしめられている気分になるのは、何故なんだろう。

どうしたらいいのかわからない私の助け舟のごとく、タイミングよく予鈴が鳴り、金ちゃんは名残惜しげながらも自分の教室に帰っていった。

金ちゃんの背中が見えなくなってから、フラフラと席につき、バタッと机に突っ伏した。

「…アカン。」

次会った時にちゃんと誤解とかなきゃとか、いろいろ思うことはあるんやけど、私はとりあえず、思いの丈を目の前の一氏にぶつけることにした。

「アカン、なんなん、金ちゃん。もうかっこよさと可愛さ100パーセントや。天使や。」

一氏の興味なさそうな、さよか、をかき消すような、けたたましい足音。このうるささは、謙也や。ガラッと開いた扉からは、予想通り謙也が走って入ってきた。

「ユウジー、現国の教科書貸してーや!」

「謙也ーっ!マイエンジェル金ちゃんに、なに毒牙とかわけわかれへんこと吹き込んでんねん、アホ!せやけど、そのおかげで金ちゃんに抱きしめてもらえたわ!しかも、なんかいつもと金ちゃん雰囲気違った!かっこよかった!謙也グッジョブ!」

「お、おう。なぁ、これ怒ってんの?褒められてんの?」

戸惑う謙也をよそに、一氏は興味なさそうに机の中をあさって教科書を探していた。

「めんどいからほっといてええで、謙也。ん、現国の教科書。」

「おお、おおきに。」

明日会った時に、ちゃんと毒牙の誤解とこ。ほんで、おわびにタコ焼きおごって一緒に食べんねん。

タコ焼きやーって喜ぶ金ちゃんの笑顔を想像して、思わずにやけた。


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