short | ナノ


そっけないのにあったかい一氏君


今朝、朝ごはんを抜いたのがまずかったのかとか、体育の授業ではりきっていきなり体を動かしすぎたからなのかとか、今さら考えても、貧血で倒れそうだという現状は変わらない。

フラフラしながらもなんとか歩いて家に向かっていると、公園の入口に差し掛かった。最近は公園で遊ぶこともめっきり少なくなったけれど、確か中にベンチがあったはず。それに座って、体調が戻るのを待とう。

ベンチを目指し、ひきずるようにしてなんとか足を進めるも、ザッ、ザッと砂を蹴る音がいつもより耳に響いて、頭が痛い。

「おい!」

「っ!」

いきなり後ろから聞こえた大きな声に驚いて、足を滑らせてしまった。こけたら痛いよななんて、ぼーっとする頭で考えていると、焦ったような足音が近づいて、私の腕を掴んだ。

「なっ!大丈夫か!」

「はい、大丈夫です。」

あなたが腕を掴んでくれたおかげでこけませんでした。そういう意味をこめて軽く頷くと、なぜかその人は怒ったような目つきで私を見た。

「大丈夫なわけあるか、アホ!自分の足元見てから言えや!」

足元?もしかして気づかないだけで、足を怪我していたのかな。

言われた通り顔を下に向け足元を見ると、思いのほか頭が重く、そのまま倒れそうになってしまった。

「だっ、なんしてんねん!」

ああ、また怒られてしまったな、なんて思った次の瞬間、体があたたかさに包まれた。支えてくれたんだと気づいて、お礼を言おうとするより早く、上から呆れたような、ほっとしたようなため息が一つふってきた。

「アホ、ほんまに足元見るやつがあるか。足元ふらふらやっちゅーてんのに。」

さっきまでの大声ではなく、呆れと心配が入り混じったような声が、じんわりと身にしみた。

「ありがとう。」

「うっさいわ。しゃべるヒマあんねやったら、それよりはよ休めアホ。」

言葉はそっけないのに、ベンチに向かって歩けるように支えてくれる手は、とてもあったかい。

ベンチにたどり着き、腰を下ろすと、さっきまで私を支えてくれていた手がすっと離れた。

「ありがとう、もう大丈夫。少し休んだら、よくなるから。」

あったかい体温を恋しく思う気持ちに蓋をして、そう言うと、彼は、さよか、と一言発した。離れていく足音。これ以上見知らぬ人に迷惑かけなくてよかったという安堵と、体調悪い時に一人は心細いなという不安が交互に私の中を駆け巡った。

もう春も終わりかけだというのに、体に吹き付ける風が冷たく感じられる。このまま、一人で、誰にも気づかれずに倒れてしまったらどうしよう。

そんなことあるわけないのに、体調が悪い時というのは、思考回路もマイナスになってしまうもので、なんだか涙がにじんできた。つらい、寒い、寂しい。

「これ、持っとき。」

隣から聞こえた声に驚いて顔をあげると、いつの間に戻ってきていたのか、先ほどの彼がポタージュスープの缶を差し出していた。

「あ、りがとう?」

お腹すいてないけど、どうしてポタージュスープ?と不思議に思いながら手を差し出すと、彼は私が落とさないように気をつけながら缶を渡してくれた。…あったかい。

「あったかいやろ、それ。」

ちょうど思ったことを言われ、少し驚いていると、彼は私の横に腰かけた。

「なんや寒そうやったから、それ持っとき。」

「…あったかい。」

「せやろな。」

遠くのブランコが風で揺れる。キィという微かな音。

「あ、」

ふと気づいて、遠のきかけていた意識を現実に引き戻した。

「なんや、いきなりこっち見て。ちなみに俺はただ疲れて座っとるだけやから、一人で大丈夫やから帰れとか言いなや?あとコンポタ代出すなんてみみっちいこと言うたらシバくで。」

思っていたことを全て言われてしまって、開きかけた口をつぐんだ。

「ほら、わかったらはよ休み。特別大サービスで肩貸したるから。」

そう言いながら、手が伸びてきて、私の頭を肩にのっけた。さっきからふらふらしていた頭は、肩にのっけられたおかげで安定した。

「あったかい。」

「そら、そんなすぐにコンポタ冷めたらびっくりやわ。」

はっ、と少し笑いながら言われ、私も少しだけ笑う。

あったかいのは、缶だけじゃなくて、あなたの体温と優しさだなんて言ったら、どんな反応するんだろう。

さっきまで泣きそうなくらいの心情だったのに、いつの間にか、隣に座る彼のおかげで、心もあったかくなっていた。


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