short | ナノ


白石君を想う


のんびりと学校の裏庭のベンチに座って花を眺めていると、カサリと葉を踏む音が聞こえた。顔をそちらに向けると、白石君が笑顔でこちらを見ていた。

「神崎さん。」

名前を呼ばれただけで、目の前の景色の色が変わった。明るくて、あたたかくて、柔らかい色。

「なに、白石君。」

白石は綺麗な笑みでゆっくりと口を開いた。

「なあ、神崎さん。神崎さんて好きな人おるん?」

「え、なんで?」

「俺の友達が知りたがっててん。」

友達、か。この人は、こうやっていともたやすく、私の世界の色を変える。さっきの柔らかい色から一転して、くすんだ色になった景色を目に入れたくなくて、目を閉じた。太陽の光がまぶたに透けて、視界が赤くなった。

「そっか。」

目を閉じたまま、動揺に気づかれないように軽く笑みを浮かべながらそう言うと、白石君は少し申し訳なさそうに言った。

「あ、すまん。聞いたらアカンことやった?」

目を開けると、申し訳なさそうに眉を下げた白石君と目があった。

「無理言って堪忍な。」

白石君は柔らかい笑みでそう言って、私の頭を優しくポンッと一回撫でた。

友達が知りたがってたからって私に好きな人の有無を尋ねるくらい私に興味がないことなんて、わかってるのに。それでも白石君に触れられた頭が、なんだかあたたかくて、それだけで幸せな気持ちになった私は、本当に単純だ。

「…いるよ、好きな人。」

「え、そうなんや。知らんかったわ。」

去りかけていた白石君は、私の好きな人がいるという発言を聞いて、少し驚いて、私の隣に腰かけた。

教室で席が隣合わせの時よりも近い距離に、ドキドキしてしまう。

「付き合ってんの?」

「ううん、片思い中。」

白石君が隣にいる嬉しさからか、思ったよりも沈んでいない声がだせて、安心した。

「そうなんや。」

そんな私とは反対に、白石君の声が沈んでるように感じられて、ちらりと視線を向けると、眉を下げて微笑む白石君と目があった。

「告白とかせぇへんの?」

「うーん、…しないかな。」

少し考えてから、また口を開く。

「姿が見えたり、一緒に話せたり、するだけで、本当に充分だから。」

「さよか。うん、したないんやったら、告白なんてせんでええよ。」

「へ?」

なんとなく、諦めたらアカンとか言われるような気がしてたから、あっさりと告白なんてしなくていいと言われ少し驚いた。

「ん、どないしたん?」

「前、クラスで佐田君が、好きな子いるけど告白なんてできないってうなだれてたら、結果なんてわからないから、諦めたらダメだって、白石君言ってたでしょ。だから、あっさりと告白なんてしなくていいって言われて、少し驚いたの。」

白石君は、ああ、あったな、そんなこと、と笑った。佐田君はあの後、白石君の後押しを受け告白し、見事その女の子と付き合うことになったというのは、うちのクラスではもう語り種だ。

「佐田と神崎さんは違うやん。」

「…うん。」

佐田君は、白石君の友達で、私はただのたまに話すクラスメイト。うん、確かに佐田君と私は違う。改めて突き付けられた事実にへこんで、自分の靴を眺める。

白石君は穏やかにつづけた。

「今で充分なんやったら無理に告白することないんとちゃう?他にええ人現れるかもしらんし。」

白石君はそこまで言うと、私に目を向け、驚いたように息をのんだ。

「す、すまん!ほんまに堪忍!」

「え?」

なにを謝っているんだろう、と思って白石君を見ると、白石君はハンカチを私の頬にあてた。

「泣かすつもりは、なかってん。」

泣いてないよ、と言うつもりだったのに、濡れたハンカチのせいで言えなかった。そっか、私泣いてたのか。

「ごめん、違うの、白石君のせいで泣いたわけじゃなくて。」

「せやけど、泣いてるやん。」

優しくいたわるように言われ、口を開いた。

「告白しなくてもいいって、他にいい人が現れるかもって言われて、なんかね、その人を好きになっても無理だから、早く諦めろって言われてるような気がしたの。」

好きな人から、そんなこと言われたら、やっぱり悲しい。

「無理だから諦めぇって意味で、告白しなくてもいいって言ったわけや、ないねん。」

困ったように言葉を紡ぐ白石君の声を聞いて、白石君を困らせてしまったと、また悲しくなった。白石君は数秒間黙ってから、ゆっくりと口を開いた。

「好きな女の子に、告白がんばりやーなんて言える程、大人やないから。」

驚いて目を見開き、目線を白石君に移すと、白石君は少し眉を下げて微笑んでいた。

「さっき、俺の友達が神崎さんのこと気になってるとか、とっさに言ってもて、堪忍。ほんまは俺のことやねん。」

驚きすぎて、白石君を見たまま固まっていると、白石君はゆっくりと私の手をとった。まさか触れられるとは思っていなくて、びくっと体がはねると、白石君は困ったように少し眉を下げて微笑んだ。

「好きなんや。」

私が何も言えずに黙っていると、白石君は、目線を白石君が掴んでいる私の手に落とした。

「勝手なこと言ってすまん。好きやねん、神崎さんが。せやから、俺のことも見てや。」

何か言いたいのに、口が縫い付けられてしまったかのように、口が開かない。

気持ちをなんとか伝えたくて、白石君に掴まれていない方の手で、私の手を掴む白石君の手を包んだ。両手から伝わる白石君の体温が私の中にじんわりと広がり、体からさっきまでの緊張感が少し抜けた。

「私が、好きなのは、白石君です。」

白石君の体温に勇気を貰って、白石君の目を見ながら言うと、白石君は一瞬固まってから、嬉しそうに笑った。

白石君の笑顔を見てようやく実感がわき、幸せがひろがって、私も笑った。

「好きやで。」

嬉しそうにそう言ってから、白石君は少し照れたように続けた。

「俺がごちゃごちゃ考えんと、好きやってはよ伝えてたら、こんなややこしいことならんかったよな。」

そうかもね、と笑うと、白石君は、意地悪言わんとって、と笑った。

「でもね、そんなふうにいろいろ考えちゃう白石君も、好きだから、いいんだよ。」

照れ笑いしながらそう言うと、白石君は、おおきに、と笑ってくれた。


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