千歳君と不思議な出会い
もうすぐホームルームが始まるというところで、携帯が震えた。お母さんからメールだ。メールを開くと、トトロがまた私について学校に来ちゃったみたいだから、悪いけど、連れて帰ってあげてね、という内容だった。トトロ−−私の飼い猫−−が学校までついて来てしまうのは、よくあることなので、またか、しょうがないな、と笑いとともにため息をこぼした。
教室から窓の外を見ると、グレーのかげが、裏山に向かうのが見えた。遠くからでも分かる。トトロだ。
「あ、いた。」
友達に、ちょっと出てくる、と一言告げてから教室の扉に向かうと、ちょうどオサムちゃんに見つかって引き止められた。
「おーい、神崎。今からオサムちゃんの大事な大事なホームルームやでー。どこ行こうとしてんねん。」
「春の風に呼ばれました!」
「よっしゃ行って来い。」
「はーい、ありがとうございまーす。」
オサムちゃんに軽くペコと頭を下げて教室を出る。四天宝寺に来て初めの頃は、こうやってトトロを探しにホームルームを抜ける時、いろいろ詳しく言ってたんだけど、だんだん慣れて来て、どう言ったらいいのかわかるようになってきた。オサムちゃんがおもしろいと思ったら一発OKで、おもしろくないと思ったらホームルームが終わるまで引き止められたりする。といっても、オサムちゃんがそんなに厳しくNGを出すのは、テニス部員くらいだけど。…テニス部って、お笑い研究会でも兼任してるのかな。
そんなとりとめのないことを考えながら走っているうちに、裏山に着いた。息を軽く落ち着かせ、周りを見渡す。トトロの姿はない。
「トートロー。ねえ、どこ行ったの、トトロー。」
トトロー、と名前を呼び続けて、数分くらいたった。おかしい。いつもなら、名前を呼んだらすぐに走ってくるのに。
もしかして裏山以外の場所に行ったのかもと考えて、いや違うと首を横に振った。
トトロはこの裏山を気に入っているから、学校に来た時はいつもここでくつろいでいるし、さっきだって裏山に向かうトトロを見たもの。
どうしよう。誰かにつかまったんじゃ。悪さされてないだろうか。
急いで探さなきゃ、と気合いを入れて歩き出したはずが、何かに手を捕まれて前に進めなかった。捕まれた手を目でたどると、背の高い、髪の毛がふわふわした男の子。
背があまりに高いのと、急に手を捕まれたのに驚いて目を見開くと、その人は嬉しそうに破顔した。
「お前さんもトトロ探しとっとね。」
「え、うん。」
なんでこの人が私の猫のこと知っているんだろう、と不思議に思いながら頷いた。
「ちょうど俺も探しとったとこやけん、一緒に探さんね。一人より二人のが、きっと見つけやすいったい。」
「え、あの、あなたは…?」
なんで私の猫を知ってるの、と問い掛けようと口を開くと、その人はふわっと笑った。
「名前?千歳千里ばい。」
「え、あ、私は、神崎伊織。」
名前を聞きたかったわけじゃないんだけど、笑顔に流されて、つい、私も名乗ってしまった。千歳君は、伊織な、覚えた、と言って笑って、フラフラと歩き始めた。何かアテがあるのかと思ったが、千歳君曰く、勘だそうだ。
二人でトトロの名前を呼びながら裏山を歩いていると、少し離れたところに見覚えのあるグレーの毛並みを見つけ、駆け寄った。
「あっ、トトロ!」
トトロは、日だまりの中、ぬくぬくと幸せそうに眠っていた。なるほど。そっか、寝てたから、いつもと違って呼んでも来なかったのか。
私の足音で目を覚ましたのか、トトロは片目を開けて私を見た。
「もう、こんなとこで寝てたの?呼んでも来ないからびっくりしたじゃない。」
心配したんだからね、と言うと、トトロは起き上がってのびをしてから、そりゃあすまんかったね、と言うかのように、私の足に頭と体をすりつけた。ああ、もう、まったく、可愛いんだから。
あんまり心配かけないでね、と言って頭をひと撫ですると、後ろから不思議そうな声が聞こえた。
「トトロ見つかったと?…ん、猫?」
「え、うん、うちの猫のトトロ。」
千歳君は、あれ?猫?トトロ?と何度か不思議そうに呟いてから、納得したように笑って、その場にしゃがみ込んだ。
「見つかってよかったっちゃけど、…はは、ちょっと脱力。」
「え、え、なんで?どうしたの?」
そんな千歳君を見て、トトロは私の腕をするりと抜けて千歳君の足に擦り寄った。とたんに嬉しそうに破顔する千歳君。
「んーあ、むぞらしかー。」
むぞ…?どういう意味かはわからないけど、千歳君笑ってるし、多分褒め言葉だよね。人懐っこいとかかな。
しゃがんだまま、足に擦り寄るトトロの頭を撫でる千歳君に近づいて、隣にしゃがんだ。
「一緒に探してくれてありがとう、千歳君。」
「よかよか、おかげで楽しかったばい。」
千歳君はそう言って、トトロを撫でているのと反対の手で私の頭を撫でた。
「わ、私は猫じゃないから、撫でなくて大丈夫だよ。」
千歳君の大きな手に撫でられるのが、なんだか照れくさくて、頭をブンブンと軽く振るも、千歳君は全く気にせず、よかよか、と笑いながら私の頭を撫でていた。
「ほら、そんな首ブンブンしとったら頭落ちるけん、気をつけなっせ。」
「ひっ、落ちないよ。恐ろしいこと言うね、千歳君は。」
笑顔で、首が落ちるとか恐ろしいことを言う千歳に驚いて思わず固まると、千歳君は、やっと止まったったい、と満足げに笑って、また頭を撫でた。
なんで満足げなの、と少し気になったけど、千歳君の笑顔が嬉しそうだったから、まあ、いいか、と私も笑った。春が近づいて少し暖かい空気の中、千歳君に頭を撫でられるのは、なんだかすごく心地よかった。