白石君とホワイトデー
今日はホワイトデー。だけど、バレンタインの時に比べると、そんなに学校中が盛り上がってはいない。告白チョコや義理チョコにわざわざお返しなんてしない人が多いから、盛り上がってるのは恋人同士くらいだ。うらやましい。
一ヶ月前のバレンタインは、誰よりも早く学校に来て、机の中にそっとチョコを忍ばせた。名前は書かず、好きです、とだけ書いたメッセージカードをつけて。
白石君は、たくさん貰っていたから、名前のないチョコなんて、すぐに忘れられてしまっただろう。
そんなことを考えながら窓の外を見ていると、教室のドアが開く音が耳に入ってきた。続いて聞こえてきた会話で、入ってきたのは白石君だ、と気づいた。
「白石、朝練の時から気になっててんけど、そのダンボールなんなん?」
「飴ちゃんやで。」
「そんな大量に飴ちゃん持って来てどないすんねん。」
忍足君の発言で気になり、視線を窓から白石君にうつすと、白石君は両手でやっと抱えられるくらい大きなダンボールを抱えていた。
「今日ホワイトデーやんか。バレンタインのお返しや。」
ホワイトデー、という単語を聞いた瞬間、びくっと肩が動いてしまい、慌てて視線をそらした。
「えー、お前めっちゃもろてたやん。それに全部返すん?」
「なんかもろたらお返しはするもんやで。」
白石君が少し大きな声で、せやから俺にバレンタインくれた子、飴ちゃんもらいに来てな、と言うと、クラスの女の子の半分以上が白石君のもとにかけよった。その一人一人に笑顔で飴を一個ずつ渡す白石君。
いいなー、と思いつつ、小さなため息を一つついた。白石君から飴をもらいたいけど、そんな自分から、私あなたにチョコ渡しました、って宣言するみたいなこと、ちょっとできないよ。
机に突っ伏してうなだれていると、どないしたん、とサキがやってきた。
「元気ないなー。疲れた時は甘いもんやで。白石から飴ちゃんもろて来たら?」
それができたらいいんだけどね、と苦笑しながら顔をあげると、サキから甘い匂いがするのに気づいた。
「サキ、何か食べてる?」
「ん、白石からもろてきた飴ちゃん。」
「な、なんで。サキ、チョコあげたっけ?」
びっくりして聞くと、サキは不思議そうに首を傾げた。
「あげたやん。クラスの女子みんなで、クラスの男子全員にチョコ。」
サキは、せやから飴もろてきてん、と笑っってから、バリボリと飴を噛み砕いた。白石君からもらった飴なのに、なんてもったいないことを。
でも、いいことを聞けた。自分であげた本命チョコを気にしすぎて忘れてたけど、そういえば、クラスのみんなで、クラスの男の子にチョコあげたっけ。
「ありがとう、サキ、ナイス!私ももらってくる。」
白石君の方を見ると、まだたくさんのクラスの女の子が並んでいた。並んでない子は、もう飴をもらった後みたい。すごい、本当にクラス全員並んでる。
これなら行っても不自然じゃないな、と内心ホッとして、列の最後尾に並んだ。
列が少しずつ短くなっていき、徐々に近づく白石君を見て、心臓がドキドキする。
私の番だ、と白石君の机の前に立つ。白石君は、座ったまま私を笑顔で見上げて、
「はーい、閉店ガラガラー。」
「え?」
なぜかシャッターを下ろすようなジェスチャーをした。
「残念やな、神崎。もうホームルームの時間やから店終いや。席戻りや。」
教卓を見ると、いつの間にか担任の先生が来ていた。
「あ、本当だ。じゃあね。」
恥ずかしいとか、悲しいとか、いろんな気持ちで泣きたくなったのを抑えて、なんとか平常心を装い席に戻った。
飴を一つ渡すだけなんて、そんなに時間かかることじゃないのに、どうして白石君はくれなかったんだろう。私以外の子にはみんなあげてたのに。そんなことを考えているうちにホームルームが終わり、席を立った。向かう先は、白石君のもとではなく、教室の外。さっきので、なけなしの勇気がぺしゃんと潰れてしまった。
どこへ行くともなく、足の行くまま歩いていると、後ろから肩を叩かれた。
「神崎、さっきは堪忍な。」
「白石君。」
それを言うために、わざわざ追いかけてきてくれたんだろうか。さっきまで沈みきっていた気持ちが、少し浮上した。
「ううん、気にしないで。ホームルームはじまる時間だったもんね。」
そうだよ。この優しい白石君が、私にだけ意地悪して飴をくれないなんて、あるわけなかったんだ。特別嫌われていたわけではなかったみたいだとホッとして笑うと、白石君は苦笑しながら口を開いた。
「いや、実はそれだけが理由やないねん。」
「え?」
もしかして、本当に私が嫌いだから飴くれなかったの?でもだったらなんで今こうやってわざわざ追いかけてきてくれてるんだろう。うーん、と考えこむ私の目の前に、白石君は何かをつきつけた。なんだろう、とそれを見て、驚いた。
それは、私がバレンタインデーにチョコと一緒に机の中に忍ばせたメッセージカードだった。
「これ、神崎のやんな。」
思わず肩がびくっとなった。
なんで、気づかれたんだろう。名前は書いていないし、朝早かったから誰にも見られてないし。
無言で俯くと、白石君は、やわらかく笑った。
「名前書いてへんかったけど、字で神崎ってわかったわ。これ、もらって嬉しかってん。」
嬉しかった?少し顔をあげ、白石君の顔をのぞき見た。
白石君は何かを思い出すように目を軽く伏せ、口を開いた。
「一緒に日直なった時、日誌見て、綺麗な字書く子やなって、気になっててん。」
神崎は俺と一緒に日直したことなんて、忘れとるやろうけど、と苦笑した白石君を見て驚いた。
覚えてる。よく、覚えてる。だって、私はあの時に白石君を意識し始めたんだから。
あの日、私と白石君は日直で放課後の教室に残っていた。部活忙しいだろうから、先に行ってていいよ、と言いながら日誌を書く私に近づき、白石君は笑って言ったんだ。一緒にやった方が早いやん。一緒にやって、二人で早よ終わらせよや、と。
それまで白石君のことは感情的には動かず効率的なことを好む、冷静、というより少し冷たい人だと思っていた。でもその笑顔を見て、自分の勘違いに気づいた。
白石君は、みんなが動きやすくなるように、効率的な道を選んでいるんだ。自分のためではなくて。
それから白石君を目で追うようになり、気づいたら好きになっていた。
神崎、と名前を呼ばれ、意識が今に引き戻された。
「みんなと一緒の飴ちゃんは、あげたないねん。せやけど、このカードとチョコ、神崎がくれたって言ってくれるんやったら、こっち、受け取って。」
こっち、と差し出した手には、可愛らしい小さな箱がのせられていた。
「もし、神崎が代筆しただけで、神崎がくれたものやないっちゅーなら、…さみしいけど、飴ちゃんあげるわ。」
白石君は反対の手にみんなに配っていた飴をのせ、どっちにする?と不安げな笑顔で言った。
俯きながら、自分の手を、ぎゅっと握って開く。緊張のせいで冷たくなっている両手をぎこちなく動かし、そっと箱を持った方の手を掴んだ。そっと触れた先から伝わってきた体温は、思ったよりも低く、もしかしたら白石君も緊張してるんだろうか、なんて思った。
「よ、かったー。」
脱力したのか、白石君はその場にしゃがみこんだ。
つられてしゃがむと、白石君は下を向いたまま、安心したように呟いた。
「神崎の字は見間違えたりせーへんけど、代筆やったらどないしよって、思っててん。ほんま、よかった。」
よかった、ともう一度呟いてから、白石君は顔をあげた。至近距離で目線があって、なんだかくすぐったい。
「はい、これ。受け取ってな。」
そう言いながら、さっきの可愛らしい箱を私に差し出し、ちょっと照れるな、と笑った。
うん、照れるね、と笑って返し、箱を両手で受け取る。
一ヶ月前に渡した私の気持ちは、埋もれて忘れられることなく、ちゃんと伝わっていた。
それが、すごく嬉しかった。
さっきまで緊張で冷たかった手は、もうあったかくなっていた。
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