short | ナノ


ジャッカルのプロポーズ


仕事を終え、バキバキと固まった肩を鳴らした。携帯を見ると、新着メールが一件。あ、学生時代の後輩の子からだ、珍しい。なんだろう、と思いながらメールの内容を見て、すぐにメール画面を閉じ、通話履歴から電話をかけた。

「おう、伊織、仕事終わったのか?」

3コールで電話に出たジャッカルは、俺も今さっき終わったとこだぜ、と爽やかに笑った。

「ジャッカルっ!」

やけになって半ば叫ぶように名前を呼ぶと、電話の向こうから不思議がる雰囲気が伝わってきた。

「ん?なんだよ。」

「飲もう、時間ある?」

急な誘いはいつものことなので、ジャッカルは驚きもせずに快諾した。

「ああ、いいぜ。いつものおでんの屋台な。」

「了解。今からだと、30分後くらいに着く。」

「ん、俺もたぶんそれくらいだわ。」

じゃあな、と言ってきれた電話を鞄にしまうと、隣にいた同僚の真保がニヤニヤしながら話しかけてきた。

「なに、彼氏?」

「違う違う、友達。」

真保は私の返答に納得いかないような顔をした。

「友達って…、伊織こないだもその『ジャッカル』と飲みに行ってたじゃん。」

「友達だって飲み行ったりするでしょ?」

「二人で?」

確かに、ジャッカル以外に、二人で飲みに行くような異性の友達はいない。

少し考えこんでいると、真保は、やっぱり、という顔をして笑った。

「もうそんなんじゃないって。ジャッカルは友達だから。じゃ、お疲れ様ー。」


*


いつものおでんの屋台に行くと、ジャッカルはもう先に来ていた。後ろ姿だって絶対に見間違えないのは、きっと髪型(髪がない)のおかげだ、なんて思って、少し笑いが込み上げてきた。

「ジャッカル、お疲れ。」

「おう、伊織もお疲れ。」

ジャッカルの隣に座り、ジャッカルが頼んでくれたビールをぐいっと流しこんだ。

「しみるーっ!」

「はは、そうかよ。」

飲むばっかじゃなくて、何か食べろよ、胃に悪いから、と苦笑するジャッカルに、大丈夫、と親指を立ててから、またぐいっと残りのビールを流しこんだ。

勢いよくお酒を流しこむと、その反動で、たまっていた感情が流れ出る気がする。

ビールのおかわりと大根ともちきんを頼んで、隣のジャッカルの肩をダンダン叩いた。

「あー、もう、なんなの!私のどこが悪いっての!いい女じゃんか!ねえ、ジャッカル!」

「さあな。とりあえず、おでんの屋台で酔っ払ってくだまいてるようなのはいい女とは言わないんじゃねぇか?」

苦笑しながらそう言われ、改めて自分を見た。

1日の仕事でぼろっと崩れた化粧を直しもせずに、屋台でビールを流し込む、しかも絡み酒。…うん、いやだわ、確かに、こんな女。

「うっ、ぐす、ジャッカルの、ばかぁ。今日くらい、優しくしてくれたって、いいじゃんかー!うわーん!」

屋台のカウンターに突っ伏して泣くと、大きな手が頭にポンっと置かれた。それがあったかくて、さらに、うわーん、と泣いてしまった。私がこうやってこの屋台で飲みながら泣くのはよくあることなので、屋台のおっちゃんも動じたりせずに「いろいろあるよなー」と言って頷いてくれた。おっちゃん優しい。

おっちゃんありがとー!と言ってまた泣いていると、隣から、はあ、と呆れたような、でも優しいため息が聞こえた。

「で、今日はどうしたんだよ。」

ため息をつきながらも、迷惑そうなそぶりも見せずに、何があったのか聞いてくれるジャッカルは、本当いい奴だと思う。さっきは真保に、ジャッカルはそんなのじゃないって言ったけど、好きかどうかって聞かれたら、迷いなく、好きだと答える。その好きがどんな好きかなんて、そんなのはわかんないけど。

「うっ、3つ下のそんなにたいして仲良くなかった後輩から、結婚しましたメールが来た。」

真顔のままで、ちゃんと「わあ、おめでとう!お幸せにね!」と祝福メールを送れた自分を褒めてあげたい。

ジャッカルは突っ伏したままの私の頭をくしゃっと撫でた。

「結婚は早さじゃねーって。」

そんなの、わかってるけど…。

顔をあげて、おかわりのビールを流し込み、大根を少し食べた。

「でも、おでんの屋台で酔っ払ってるような女とは誰とも結婚したくないって、ジャッカルが。」

拗ねたように言うと、ジャッカルは、しょーがねー奴だな、お前は、と言って笑った。

「言ってねぇよ。そこまでは。」

「いまさら慰めようったってそうはいかないんだから!ジャッカルの優しさには騙されないんだから!こんな酔っ払いと結婚したい人なんて、いないんだー、うわーん!」

おっちゃん、ビールおかわり!と言うと、おっちゃん、今のなしで、こいつに水お願い、と隣から言われた。

「飲むのー、今日は飲むの!ジャッカルのビールもーらいっ!」

そう言ってジャッカルの飲んでいたビールに手を伸ばすと、大きな手にやんわりと制され、代わりに水を渡された。

「ああ、もう、お前もう飲むなって。それに、いるよ、お前と結婚したいって思ってるやつなら、ここに。」

「…はい?」

何か、今、聞き流せない発言が聞こえた気がする。驚きで目を見開いてジャッカルを見た。

「あ、おっちゃん、大根とがんも、あと、こんにゃく。」

「あいよ。」

私の視線に気づいているのかいないのか、ジャッカルは気にせずにおでんを注文した。でもジャッカルはいつも私がジャッカルを見ると、どうかしたか?ってすぐに聞いてくれるから、今もたぶん視線に気づいてるんだと思う。

「え、ちょっと、ジャッカル、今!今なんて!もう一回!」

ジャッカルに渡された水をカウンターに置いて、ジャッカルの腕をブンブン揺すると、ジャッカルはあやすように私の頭をポンポンと軽く撫でた。

「ああ、お前の酔いがさめたらな。」

酔いなんて、今のですっかりさめてしまった。

結婚したい?ジャッカルが、私と?

冷めかけたもちきんを食べながら、隣をチラと見た。

「ん、なんだよ。がんも食べたいのか?」

何を勘違いしたのか、ジャッカルは、しょーがねーなと笑いながら、私のお皿に熱々のがんもをのせた。

「ばっか、違うし!貰うけど!」

「はは、貰うのかよ。」

次に会う時は、ちゃんとお化粧を直して、髪型も仕事用じゃなくてちょっとオシャレをしよう。がんもを食べながら、そんなことを思った。

ジャッカルに貰ったがんもは、あったかくて、優しい味がして、なんだか心にしみた。


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