わんこな謙也君
今日はゆっくりしててもいい日だ。のんびり寝ていよう。
目覚めかけた頭でそんなことを思って、布団を首までかぶりなおした。
なんとはなしに大きく息を吸い込むと、朝のひんやりとした空気にと共に入ってきたのは、美味しそうな紅茶の匂い。
「伊織ー、起きてやー!」
バホッとベッドに倒れこんで私の隣に寝転んだ謙也と、枕元の目覚まし時計を交互に見た。
「謙也、…まだ6時にもなってないんだけど。」
だから寝かせて、そう言って寝返りをうち謙也に背を向けると、少し落ち込んだようなうなり声がした。
「やって、伊織、アーリーモーニングティー憧れるって言ってたやんか。」
なんのことだ、と思い返して、昨日の会話を思い出した。そういえばそんなこと言ったかも。
「だからって、なんでこんな朝早いの。」
首だけ振り返って、肩ごしに謙也を見ると、謙也はきょとんとした顔になった。
「え?やってアーリー(early)なんやろ?早い方がええやん。」
ほら、紅茶用意してるからはよリビング行こ、と私の腕をひっぱる謙也は、私にとってのアーリーモーニングティーの醍醐味なんて、ちっとも理解していない。
起きて立ち上がって、椅子に座って飲むんじゃなくて、紅茶の香りで目覚め、ベッドで上半身を起こしただけの状態で、ベッド脇に用意された紅茶を飲むのが、憧れなんだ。起きて一番にすることが、歩くことでも、顔を洗うことでもなく、人にいれてもらった紅茶を飲むことだなんて、憧れる。
そんな私の思いなんて全く知るよしもない謙也は、黙ったままの私を見て、しゅんと眉を下げた。
「すまん、俺なんか間違えた?」
寝返りをうって、隣に寝転ぶ謙也の顔を見た。隣に寝ると、立っているときと違って目線が同じになるから、なんだか不思議な感じだ。顔が近いから自然と声は小さくなって、まるで内緒話をしているみたい。
「…うん。」
私がうなずくと、謙也はさらに落ち込んだ顔をした。
…ああ、もう、可愛いな。
ふふ、と笑って、謙也の首の下に甘えるように頭をくっつけた。
「だって、まだ、好きって言ってもらってない。」
おはようの次は、好きがいいな、笑いながらそう続けると、謙也は隣に寝っ転がったまま、ぎゅーっと私を抱きしめた。
「好きや、今日も今日とて大好きやで、伊織。」
朝起きて、まどろみの中、ベッドで紅茶を飲むのも、やっぱり少し憧れるけど、朝起きて一番に謙也が笑顔でくれる「大好き」は、私の元気の源だ。
「私も謙也大好き。」
せっかくいれてくれた紅茶は冷めちゃったと思うけど、もう少し、この幸せを楽しもう。謙也の鎖骨におでこを押し当て、目を軽く閉じた。