財前君のプロポーズ
「光、まだかなー。」
呟いた声は、誰もいない部屋に響いた。
今日は光も私も早く仕事が終わる予定だったから一緒にご飯食べに行こうって話だったのに、仕事を終えた私の携帯には「仕事遅くなる。先に俺の家で待ってて。」のメール。うう、テンションさがる。…けど、仕事なら仕方ないし、「りょーかい、お疲れ様、気をつけて帰ってきてね」と、大好きの気持ちを込めてハートの絵文字つけてメールを返した。
それにしても、遅い。時計の長い針は、私が光の部屋に着いてから、もう一周以上回っていた。そろそろ二周しそう。
リビングのソファに座って、ぼーっと光の帰りを待つ。テレビを見る気分でもなかったから、部屋は無音。なんとなく電気をつける気にもならなくて、隣のキッチンだけに明かりをつけた。キッチンからもれる光で、ぼんやりとほの明るい。あたりに漂う空気からはなんとなく光が感じられて、光、いつもここで暮らしてるんだよな、なんて当たり前のことを思って一人で笑った。
「ただいま。」
玄関からガチャと扉の開く音が聞こえ、光がリビングに入ってきた。
「おかえりなさい、光。」
「急に残業入ってもて堪忍な。」
そう言いながら光はソファに座っている私の隣に腰を下ろした。
モノクロを基調としている光の部屋から、このパステルカラーのソファは少し浮いている。前一緒に家具屋さんに行った時に、どれがいい、と聞かれ、私が選んだんだ。可愛らしい色に柔らかい素材だし、まさか買うとは思わなかったな、と笑っていると、何笑ってんの、と光が肩に腕を回しながら聞いてきた。
「このソファ、やっぱり浮いちゃってるかなって思って。」
光の肩にコテンと頭をのっけて、笑いながら言うと、光は肩に回していた腕を折り曲げて髪を撫でてくれた。なんか、幸せだ。
「俺は気に入ってんで。」
「本当?よかった。」
光も実は可愛いもの好きだったりするのかな、と思っていると、光は私の髪を優しく撫でながら続けた。
「疲れて帰って来ても、このソファ座ったら伊織がおるみたいで癒されるし。」
「あはは、α波出てるのかも。」
光がそんな風に思ってくれていたのが嬉しくて、でもちょっと照れくさくて、笑いながらそう言った。
「せやけどな、ソファだけや足りひんねん。伊織不足や。」
なにそれ、と私が笑うのより早く、光は口を開いた。
「結婚してや。」
「…え?」
びっくりして固まる私とは反対に、光はさっきまでと同じように、私の髪の感触を楽しむかのように、ゆっくりと髪を撫でていた。
「…そうだ、私ご飯作ったんだった。お腹空いてるでしょ。食べよっか。」
「…おい。」
「あ、お風呂先がよかった?お湯入れてるよ。」
「さよかー。伊織はええ奥さんになるな。」
冷めてるかもしれないから、お湯の温度見てくるね、と言いながら立ち上がろうとするのを、光に腕を掴まれ遮られた。
「現実逃避すんなや。」
「うっ。」
光は私を見て、はあ、とため息をついた。
「たぶんすごい反応するやろなー、とは思っとったけど、まさかご飯と風呂で話そらされるとは思わへんかったわ。ほんま、予想外な奴やな。」
「だ、だって光がいきなりあんなことさらっと言うから!自然すぎ!取り乱さなさすぎ!」
「お前は取り乱しすぎや。ちったー落ち着け。」
そう言いながら光は私の頭を自分の胸に引き寄せた。光の心音が聞こえる。やっぱり、いつも通りのリズムだ。
でも、その光のリズムを聞いてるうちに、私もだんだんと落ち着いてきた。
「伊織、」
私が落ち着いたのをみはからって、光が口を開いた。
「さっき自然すぎやって言ったけどな、俺にとったら、伊織とずっと一緒におることは自然なことやねん。1年先、3年先を考えた時、隣に伊織がおらへんなんて考えられへん。ずっと、隣におって欲しいんや。」
光の言葉が私の中に入ってきて、じんわりとあったかくなった。私だって、光の隣にいたい。
「せやからな、結婚しようや。」
光は、さっきみたいにさらっとではなく、私がしっかりと受け止められるように、優しくゆっくりと言った。
光の腕をきゅっと掴むと、光はそっとその手の上に自分の手を重ねた。
「私も、光と、結婚したい。」
ゆっくりと、かみくだくように言った私に、光は、笑いながら、幸せやなー、と言った。
夜9時。キッチンからもれた光でほの明るい部屋の中。ちょっと浮いてるソファの上での何気ないひと時。
でも、そんな何気ないひと時も、光とだったら、すごく幸せだ。