海堂君とけんか
デートしてたって私のことなんか興味なさげな海堂君に「もう知らない!」と泣いて怒ったのは、3日前のこと。海堂君からはメールも電話もないし、ましてや直接会いに来るだなんて、もっとない。やっぱり私に興味なんてないけど、私がせがむから付き合ってくれてただけだったんだ、と思い知らされた。
そんなことを考えながら歩いていたからか、廊下の曲がり角で人にぶつかってしまった。お互いそんなに速く歩いていたわけではなかったんだけど、ぶつかった相手の人との体格差で少しよろけると、そのぶつかった人は私が倒れないようにさっと支えてくれた。
ありがとう、と言おうとして顔をあげ、言葉を発する前に固まった。
私を片腕で支えて立っていたのは、私がさっきまでずっと考えていた、海堂君だったのだ。
海堂君は、眉をよせ、しかめっつらのまま何も言わずに黙っていた。
やっぱり何も言わない海堂君を見て、次第に涙が溢れてきた。
「…なにも、言うこと、ないんだね。私のことっ、本当に、興味ないんだ!」
泣きながらも目をそらさずにずっと海堂君を見ながら言った。でも海堂君は黙って眉をよせるだけだった。
「海堂君は、私なんて、いらないんだ。」
私が小さく呟くように言うと、海堂君は口を開いた。
「…どうしたらいい。」
「…は?」
意図がわからなくて首を軽くかしげると、海堂君は眉をよせたまま苦しそうに話し出した。
「お前が、怒っているのはわかる。でも、俺がどうしたら、お前の怒りがおさまるのか、わからねぇんだ。」
「ずっと、それを考えて、黙ってたの?」
海堂君は、眉をよせたまま、黙って頷いた。
私を支えていた腕に力をこめて、どうしたらいい、と小さく呟いた声はまるで懇願するように響いた。
私はばかだ。海堂君はちゃんと私を見てくれていたのに、それに気づけなくて、一人で不安になって怒ってしまった。
私を支える海堂君の腕にそっと手を重ねた。がっしりとした、大きな腕。
「お前じゃなくて、名前で呼んで。」
「…伊織。」
「ふっ、あはは、ありがとう。海堂君。」
笑う私を、不思議そうに見下ろしている海堂君の胸に、タンッ、とおでこを押し当てた。
「もう、機嫌、なおっちゃった。」
「そうか。」
さっきまで怒ってたのに、名前を呼んだだけで機嫌が治るとか、海堂君からしたら、意味がわからないと思うんだけど、海堂君はそれを怒ったりしなくて、ぶっきらぼうに、ただ一言そう言った。
ああ、もう、優しいな、海堂君は。怒った私も泣いた私も笑った私も、このがっしりとした腕は全て受け止めてくれるんだ。
海堂君の胸からおでこを離して見上げながら笑うと、海堂君もちょっとだけ笑ってくれた。