幼なじみな白石君
いいね、あんなかっこいい人が幼なじみで。もう昔から何度も言われ続けた言葉。
最初は嬉しかったし、誇らしかった。蔵ノ介が他の子よりも私の近くにいるかのように錯覚していたんだ。
でも中3の今になって思う。蔵ノ介と幼なじみじゃない、他の女の子が羨ましいなって。
調理実習で作ったお菓子をあげても、バレンタインにチョコをあげても、遊びに誘っても、私が何をしたって、蔵ノ介からしたら「幼なじみ」だからそうしたんだろうくらいにしか思ってもらえないんだ。
それに気づいてから、私は少しでも他の女の子と同じに見られたくて、まず呼び名を変えた。初めて、白石君、と呼んだ2年の夏。蔵ノ介は冗談だと思ったみたいで笑っていた。なんやねん、その呼び名って。でも私がずっとそう呼び続けると気づくと、ちょっと寂しそうに笑って、それからは呼び名について触れることはなかった。
そんなことを考えながらぼーっと蔵ノ介を見ていると、気づいた蔵ノ介が近づいてきた。
「伊織、今年のバレンタインもウチ来るやろ?」
私が「白石君」と呼び名を変えても、蔵ノ介は私への「伊織」という呼び名を変えたりはしなかった。それを密かに嬉しいと思ってしまっているあたり、やっぱり私は幼なじみという立場にしがみついてでも、蔵ノ介との繋がりをなくしたくないんだと思う。
「今年は行くのやめようかな。」
バレンタインは、白石家に行って、友香里ちゃんと一緒にチョコを作って、蔵ノ介にチョコを渡して、夕ご飯をご馳走になるのがお決まりになっている。でも、もうそれもやめよう。
今年は、前日に自分の家でチョコを作って、学校で渡す。そして、はっきり告白して、はっきりフラれよう。フラれたからって、私のこの気持ちがなくなるとは、思えないけど、それでも「幼なじみ」からは、卒業できる。
「え、なんでなん?来たらええやん。友香里も楽しみにしてるで。伊織ちゃんとチョコ作るんやーって。」
「友香里ちゃんには後で私から言うとくよ。」
ほなね、と会話を切り上げようとすると、蔵ノ介は、伊織ちょっとついて来てやー、と手をひいて歩きだした。
蔵ノ介に手をひかれるの、久しぶりだ。昔は、思っていることをうまく言えなくて黙っていると、蔵ノ介がこうやって手をひいて、二人になれる場所に連れてってくれていた。二人になって、で、どないしたん?と優しく聞かれる度に、私はいろんなことを蔵ノ介に聞いてもらった。
それは友達とけんかしたとかだったり、短く切りすぎてしまった髪をクラスの男の子に笑われたとかだったり、怪談を聞いたせいで夜眠れないとかだったり。小さなことだけど、私はその度に蔵ノ介に助けられてきたんだ。
人気のない空き教室に入ると、蔵ノ介はくるっと振り返った。
「で、どないしたん。毎年来てたんに、今年いきなり来ーへんとか。」
昔から蔵ノ介には、本当にいろいろ聞いてもらった。でも、今回は、聞いてもらうわけにはいかない。蔵ノ介に幼なじみじゃなくて女の子として見て欲しいから、だなんて。
私が黙っていると、蔵ノ介は、なんかあっんやったら言ってみ、と心配そうに眉をよせた。
「ちょっと用事あるから行けへんだけやで。白石君は心配しすぎや。」
軽く笑いながら言うと、蔵ノ介の心配そうによっていた眉がぴくと動いた。
「用事?バレンタインに?」
「えっと、うん、せやで。」
用事があるって、断る言い訳としてなんかおかしかっただろうか、と考えながら答えた。
「用事はほっとき。バレンタインくらい用事ほっぽってもバチあたらへんって。」
「いや、バチあたるとかあたらないとかやなくて、」
「ええから、来てや。」
さっきまで笑って軽口を叩くような調子だったのに、蔵ノ介はいきなり真剣な顔になったから、私は何も言えなくなって口をつぐんだ。
「来てや、な?」
私が黙っていると、蔵ノ介は優しい口調でまた同じことを言った。
「…やだ。」
「なんでなん、ええやん、来てや。今年もオカンが伊織の好きな夕ご飯作るってはりきってんで。」
「ママさんのご飯は好きやけど、…食べ物につられるくらい子どもとちゃうし。」
蔵ノ介からしたら、妹が離れて行くみたいで寂しいのかもしれない。つくづく「女の子」じゃない自分に、心の中でため息を一つついた。
「お願いやから、来てや。」
「なんでそんなしつこいん。用事やって言うてるやんか。」
つい聞いてしまってから、しまった、と思った。バレンタインにチョコを渡して、告白しようと思っているのに、その前に、妹みたいに思ってるだなんて聞いたら心が折れてしまいそうになる。
「今年は、今年こそはほんまに来て欲しいねん。な、お願いやから。」
「もう知らん、教室帰る。」
「待てや!」
いきなり大きな声を出されて、びっくりして固まった。
「わかった、そんなに来たーないっちゅーんやったら、今言うわ。」
蔵ノ介は息をすぅと吸い込んでから、口を開いた。
「伊織が好きやねん。今年のバレンタインこそ幼なじみ卒業したくて、めっちゃいろいろ考えててん。どないして告白しようかとか。」
「…へ?」
蔵ノ介は近くの椅子に脱力したように座ってうなだれた。
「ああ、もう、せやのに、なんやねん。バレンタインに用事とか、明らか男やん。誰なん伊織がチョコ渡すやつって。俺よりええ男なんやろな。」
「蔵ノ介くらい、ええ男やで。」
「俺くらいええ男とかおらんし。」
やけっぱちみたいにそう言う蔵ノ介は、私が「蔵ノ介」と呼んだことには気づいていないみたいだった。
「うん、私もそう思う。蔵ノ介くらいいい男は、蔵ノ介しかおらんよ。」
頭のいい蔵ノ介なら、ここまで言ったらわかるだろうと思いながら言うと、蔵ノ介は数秒の沈黙の後、ゆっくり顔をあげて、びっくりした表情で自分を指差した。
「…俺?」
こく、と一回頷いて返事をした。
「俺、焦ってナルシスト発言かましてもた。恥ずかしい。数分前の俺をとめたい。」
そう言いながら、蔵ノ介は本当に恥ずかしそうに片手で顔を覆った。でも、そんな仕草でさえかっこいいんだから、恥ずかしがることはないと思う。
蔵ノ介はひとしきり恥ずかしがった後、なんとかいつもの顔に戻して口を開いた。
「ほな、バレンタイン来てくれるやんな。」
普段通りにそう聞く蔵ノ介を見て、お互い好きってわかっても、いきなり付き合い方が変わったりはしないものだなーなんて思って笑った。
「うん、行く。友香里ちゃんとチョコ作るの楽しいし。」
笑って答えると、蔵ノ介は、ふっと笑ってから、私のおでこに蔵ノ介のおでけをくっつけた。
「せやけど、あんま友香里ばっかかまっとったら俺すねてまうからな。」
覚えとってな、と言って、蔵ノ介はおでこを離した。
…付き合い方は、やっぱり変わる、みたいです。
真っ赤になっているであろう頬を押さえる私を見て、蔵ノ介は柔らかく笑っていた。