short | ナノ


ふわふわ笑顔にときめく丸井君


昼飯を食い終わって屋上から教室に戻ると、クラスの大半は席について次の授業の準備をしていた。隣の席にちらと目をやると、隣の席の奴も次の時間の教科書を開いていた。まだやってねーページだし、予習だよな、予習とかちゃんとやる奴いるんだ、なんて思いながら見ていると、ふとそいつ、神崎は顔をあげた。

目線があって、内心少したじろぐ。そういや、俺神崎と話したことなかったっけ。やべ、なんか気まずい。

目をさりげなくそらそうとした瞬間、神崎は笑った。ぶはっでも、にやっでもなく、ふわっと、笑った。

え、どうしよう、これ笑い返してもいいんだろうか。俺に笑いかけたんだよな、なら普通にニコッて笑い返せばいい。いや、でも、もしかして俺に笑いかけたんじゃないかも。だって今までろくに話したことねーし。どうしたものかと思って、らしくもなく固まっていると、そいつは、自分の背中のつんつんと突いた。

「背中、なんか紙ついてる。」

「えっ?うわ、これ、なんだよぃ!」

慌てて背中に手を伸ばしてバタバタと動かすと、一枚の紙がひらりと床に落ちた。くっそ、誰だこんないたずら。

紙には大きく、「丸井ブン太 よく食べます。」と書いてあって、下に小さく、「丸井先ぱい、食べ物のうらみはおっきいんスよ。」と書いてあった。ああ、もうぜってー赤也だ。

だから今日は廊下歩いてるだけでいつもよりパンとかお菓子とか食い物渡されたのか、と納得しつつ、ふつふつと怒りが込み上げてきた。覚えとけよ、赤也。てか、昼のパン一個とったくらいで怒ってこんないたずらするとか小さすぎ。まあ、俺だったらガム一枚でも許さないだろうけど、なんて自分のことを棚にあげて思った。

「丸井先ぱいって書いてある。後輩の子と仲いいんだね。」

これ見て、どこが仲良く見えんだよ、と言いかけたが、神崎の笑顔を見て、押し黙った。なんか、こいつの笑い方って、毒気抜かれるっていうか。なんだよこのふわふわ笑顔。今まで見せてくれたことねーじゃん。

「おう、慕われて、尊敬されるいい先輩だぜ。」

ニカッと笑って自慢げに語ると、神崎はまたふわふわと笑った。

次は何を話したらいいんだろう、何を言ったらまた笑ってくれるんだろうと考えて黙っていると、会話が終了したと思ったのか、神崎は顔をまた教科書に戻した。予習をする神崎の顔は真剣で、もうさっきのふわふわ笑顔ではなかった。そりゃ、ふわふわ笑いながら教科書読んでたらちょっとびびるけどさ。

うーん、と小さく唸りながら携帯をいじるふりをして、どうやってまた笑わせるか考えた。あ、そういや、こないだ親戚んとこの猫、携帯で写メってたっけ。神崎好きかな、猫。

「なあ、神崎。」

「ん、どうかした?」

「これ、見てみろぃ。」

顔をあげた神崎に携帯画面に写った猫を見せると、神崎は、ぱあっと輝いた。

「わ、猫。可愛いね。」

よし、また笑った、と内心ガッツポーズをしてから、ん、と自分の行動に首をかしげた。なんで俺、こんなに神崎を笑わせたいんだろう。

「親戚んとこの猫。可愛いだろぃ?」

神崎は笑いながらコクコクと頷いた。

「そんなに猫好きならさ、写メ送るぜ。」

平静を装ってそう言うと、神崎は、メアド知らない、と首をかしげた。

「だから、アド交換しようって言ってんの。ほら、赤外線。」

「え?あ、はい。」

神崎は不思議そうな顔をしながらも携帯を取り出した。

新たに電話帳に登録された「神崎伊織」の文字。なんかちょっとにやけそう。

自分でもなんでこんな行動してんだろって思うけど、またこの笑顔が見たいって思っちまったんだからしょーがねーよな。

とりあえず、家に帰ったら一番可愛く撮れた猫の写メを送って、そんなに猫が好きならって言って、猫カフェに誘ってみよう。





笑かしたモン勝ち企画

綾音さんのリクエストで「地味な女の子の笑顔に一目惚れした丸井」でした。

リクエストありがとうございました!


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