ラブルスと仲良しな日常
小春から受け取った雪玉菓子(小春曰く、スノーボールクッキー、もしくはブールドネージュ)をじっくり観察してから、口に入れた。ほろほろと口の中でほどける様はまさしく雪のよう。さすが小春や。
「小春天使やー!料理うますぎやー!」
感極まって天に向かって叫ぶと、菓子の入った箱をひょいと横に避けられた。
「ちょっとユウ君、味見だけよ、味見だけ。」
え、これって全部俺に作ってくれたんとちゃうん、と小春を見ると、小春は自分の頬に手をあてて、ふっふふー、と笑った。
「これ伊織ちゃんにあげるんやもーん。」
「なっ、浮気か!」
「浮ついた気とちゃいますー。」
くわっ、と詰め寄ると、ハートを撒き散らしながら、楽しそう笑う小春。アカン、俺、もう半泣きや。
「うわーん、こーはるー!」
「わ、ちょっと、廊下まで響いてるよ。どうしたの、一氏。」
ちょうど教室の横を通っていたらしい伊織が、驚きながらひょこっと窓から顔を出した。
「伊織!聞いてや!小春がな、めっちゃうまいお菓子作って来てくれてんけどな、俺の為やないっちゅーねん!ひどいやろ!俺は所詮味見ボーイやねーん!」
いっつも適当にあしらわれることが多いけど、今回くらいは慰めてくれるやろと、伊織の衿元を持って、涙目で詰め寄る。せやけどそんな俺の期待に反し、伊織は開口一番、「衿持たれると、首きつい」…俺、かわいそうや、ほんま。
「てか、何その味見ボーイって。…って、あー、そっか、小春ちゃん作ってきてくれたんだ。ありがとう。」
伊織は途中何か合点がいったのか、小春に向き直った。そういえば、さっき小春、伊織にあげるんやって言ってたっけ。
「ええんよー。感想聞かせてな。」
そう言いながら、小春はにこにこと笑って、可愛い箱ごと雪玉菓子を伊織に渡した。それを笑顔で受け取る伊織。え、なんなんこの関係。なんで俺だけ仲間はずれなん。
いつも3人で遊んだりしとったんに。…そら、小春と俺の邪魔すんなやって言ったことも何回もあるけど、言葉のあややんか。ノリやんか。
「な、なんでや!なんでこないなことに!」
知らない間に俺をのけ者にして仲良くなっている二人に絶望してそう言うと、伊織は、ん、と不思議そうに眉を動かした。
「なんでって、お菓子作り上達するためにお菓子交換してるだけだけど?」
「お菓子作り、上達?お菓子、交換?」
意味をはかりかねて、伊織の言った単語をそのまま復唱すると、小春がいたずらがばれた子どもみたいに笑った。
「あー、もう、言わん方がおもしろかったんに。」
お茶目に笑う小春を見て、伊織は、あんまり一氏をからかわないの、と呆れ顔で小春をたしなめていた。からかわれてたんや、俺。てか、小春をたしなめる伊織なんかかわええ。
伊織は小春に軽くでこぴんしてから、俺を見て口を開いた。
「たまたま手作りクッキー焼いてきた時に小春ちゃんに会って、味見して貰ったの。あんまり作ったことないから、人の感想聞きたくて。」
ええなー、俺も食べたかったなー、なんて思いながら黙っていると、伊織は先を続けた。
「なんで固くなっちゃたのかなって聞いたら、混ぜすぎたんよ、次は手早くさっくり混ぜぇねとか、いろいろ教えてくれて助かったから、それからよく味見してもらってるんだ。」
「で、それだけやと悪いから、アタシも伊織ちゃんにお菓子作ってきてるんよ。」
「ああ、それで、お菓子交換。」
なるほど、と納得した。小春にアドバイスもらっとったんか。俺は、うまいかまずいかくらいしか言えへんから、あんま参考にならんもんな。仲間はずれやなくて安心したわ。内心ホッと安堵のため息ついていると、伊織に、ちょいちょいと肩を突かれた。
「一氏も食べたいなら、今度持ってこようか?」
ほんまかっ!とくいつこうとするよりも速く、小春が笑顔で遮った。
「アカンよ。ユウ君適切なアドバイスでけへんから。さっきアタシのブルードネージュあげてんけど、小春天使や、しか言えへんねん。乙女のお菓子交換会に入りたいんやったらもっと修業してきなさいな。」
「うー、こはるー。」
言い返せへん、とまた涙目になっていると、伊織は小春が渡した箱を開けて、一つを口に入れた。
「わっ、小春ちゃん、スノーボールクッキーちょーうま!まじうまっ!小春ちゃんまじ天使!」
「ふふ、おおきに、伊織ちゃん。」
幸せそうに菓子を噛みしめる伊織を見て、小春は満足げに笑った。
せやけど、ちょい待ち。俺は異論を唱えたい。さっき小春は、俺の菓子食べた反応にダメだしして、乙女のお菓子交換会に入りたいんやったらもっと修業してきなさいなっちゅーとったけど、
「…伊織の反応、俺のんと全く一緒やんけ!」
俺の叫びを聞いて、伊織は二個目をとろうと手を伸ばした状態のまま、くるっと俺を見た。
「うん、私はいいの。うまくアドバイスできなくても。」
「なんでや!」
平然と言ってのける伊織につめよると、伊織は、ふっと自慢げに笑った。
「小春ちゃんの生徒だから。」
小春の生徒だから。小春に手作りのお菓子を渡して、アドバイスをもらう。で、小春からお菓子ももらう。でも生徒だからアドバイスはしなくてもいい。生徒なら、アドバイスでけへんくても二人からお菓子もらえる。…最高やんか、生徒!
「ちょっと待っとってや!」
不思議そうな二人を置いて、売店に走った。
調達したのは、チョコとバターと卵と砂糖。チョコ以外は売店に売ってへんかったけど、食堂のおばちゃんらが、なんやおもろそうやなー、言うて、おもろがって、バターとか分けてくれたから助かったわ。
調理室で、全部をだだだっと混ぜて、焼いて、所要時間約15分。うし、我ながら手早いわ。
適当に調理室にあった容器にそれを入れ、小春と伊織のもとに向かった。
「でっ、できたで!」
息をきらしながら作ったものを二人に差し出した。
「えっ、何、今作ったの、これ。なんで。」
「ほんま、突っ走る子やね、ユウ君は。でもせっかくやからいただきましょ。」
「おう、食べてや!」
「チョコケーキ?いただきまーす。わ、中トロトロだ!めちゃうまっ!」
「フォンダンショコラやね。んー、なるほど、小麦粉を入れてへんのやね。ナイス時間短縮。美味しいで。」
「アドバイスは!なあなあ、アドバイスは!」
目をキラキラさせながら小春につめよると、小春は、うーんと考えてから、せやね、と口を開いた。
「美味しいんやけど、ちょっと舌ざわりがいまいちやね。焼く前に卵こしてみたらどう?」
「わかったわ!次はそうする!」
「…で、なんやったの?いきなりお菓子作ってきて。」
不思議そうに言う小春に、胸を張って答えた。
「俺も小春の生徒になる!」
それを聞いて、小春は、なんやて?と聞き返し、伊織は、わーい楽しそうと喜んだ。
「小春みたいにアドバイスでけへんから、アドバイス受ける側にまわることにしてん!」
「じゃあ次は一氏にもお菓子持ってくるね。同じく小春ちゃんを師に持ったもの同士、がんばって小春ちゃんを美味しいってうならせよう!」
「おう!」
楽しそうに笑う俺と伊織を見て、小春は少し呆れたように、でも楽しそうに眉を下げて笑った。
「まったく、大変な生徒がまた一人増えてもたわー。」
「お願いしますわ、小春せんせー!」
「私もこれからもお願いしまーす、小春先生。」
しゃーないなーって柔らかく笑う小春、うっしゃ、美味しいお菓子食べる機会が増えたって喜ぶ伊織。この二つの笑顔があったら、それだけでもう十分幸せもんやんなー、なんて思った。