short | ナノ


可愛がりたい千歳君


身長いくつ?と初対面で聞かれるのは、もう慣れた。そしてその後に、高っ!と反応されるのも、もう慣れた。というより、飽きた。

確かに、平均より(ずいぶんと)大きいけどさ、なんて思ってため息をつくと、ふと視界の端に、ぴょんぴょんと小刻みに跳びはねる友達の姿が映った。どうやら黒板の上の方に手が届かないらしい。

「黒板消し貸して。」

「わっ、伊織ー、ありがとう!届かへんくて困っててん。」

ふわっと笑う笑顔を見て、純粋に、可愛いなー、と思った。

「いいの、いいの。私、楽々届くし。」

「日直の仕事やのに、ごめんな。でもほんま、おおきに!ほな私は花瓶の水かえてくるわ!」

笑いながら花瓶を持って去っていく友達を見送ってから、黒板の文字を消そうと上に手を軽く伸ばした。でも次の瞬間、気づいたら黒板消しは手の中から消えていた。

「俺がするけん、伊織はせんでよかよ。」

声の方を向くと、千歳がいた。珍しく私が見上げなければ目線があわない人物。加えて言うと、少し苦手な人物。

「…別に、届くから大丈夫だけど。」

自分でも可愛くないなー、と思いながらそう言った。さっきの友達みたいに、ありがとうって笑顔で言えたら、私も少しは可愛くなれるんだろうか、と少し考えてから、すぐに、ないな、と思った。私が可愛くなりたいとか、考えてるだけで恥ずかしい。

そんなことを考えているうちに、千歳は黒板を綺麗にし終えていた。

消し終わったなら、もうここにいる必要ない。席に戻ろうかなと思っていると、千歳に手を握られた。

「っ、なに?」

少しびっくりしつつも、なんとか平然と返すと、千歳は、にへらーと笑った。

「黒板消しなんてしたら、伊織の可愛い手がチョークで汚れてしまうとこだったばい。」

千歳が苦手なのは、こういうところだ。なにを考えているのか、さっぱりわからない。

何も言えずに押し黙っていると、千歳は、チョークで汚れてない方の手で私の頭を一撫でした。


「むぞらしかね。猫みたい。」

この耳馴染みのない言葉が、可愛いを意味する言葉だと知ったのは、もうずいぶん前。そして、耳馴染みのなかったはずなのに、聞き慣れてしまったのも、ずいぶん前。それくらい言われ続けたその言葉を聞かなかったふりをして、後半の猫にだけ反応した。

「…キリンの間違いじゃない?」

猫はこんなに大きくないでしょ、と軽く嫌みをこめて返すも、千歳は嫌みなんてものともせず楽しそうに笑った。

「なかなか懐いてくれん、猫みたいばい。」

懐くってなんだ、懐くって。一歩後ろに下がって、千歳を見た。

「なしてそんな警戒すっとね。怖がらんでもよかよ。」

「警戒なんて、」

してないと言いかけて、口をつぐんだ。

なるべく会話を短く切り上げようとしたり、廊下で見つけたら別の道を通ってすれ違わないようにしたり。これは確かに、警戒してる、ということなのかも。

ちら、と千歳を見ると、千歳はにこにこと笑っていた。人のこと懐かないとか動物扱いしておいて、何一人で楽しそうにしてるんだ。なんだかふて腐れてしまって、目線を落として、口を軽く尖らせた。

「…千歳が悪いんだ。意味不明だから。」

「何が意味不明なんね。言ってみなっせ。」

こんなときにも余裕な笑みを浮かべている千歳に、少し腹が立って語気を強めた。

「なにもかも!全部!」

キッと睨みつけると、千歳は、きびしかー、と楽しそうに笑った。だからなんで楽しそうなんだ、なんで。

「もう、私のこと気にしないでよ。」

「目についてしかたなかけん、それは無理たい。」

にこにこと笑いながら言われた台詞に、ぴきと血管が浮いた気がした。

「なによ、私が背高いから、目につくって言うの?」

「ちごぉとるよ。伊織がむぞらしくてしょうがなかけん、目につくっちゃ。」

「は?」

私が、可愛いから、目に、つく?なんだそれは。

ポカンと口をあけて固まった私を見下ろしながら、千歳は首を傾げた。

「それに、伊織小さかよ?」

「…ぷっ、」

あまりに自然に言われた不自然な台詞に、思わず、吹き出してしまった。小さいなんて、初めて言われた。

そりゃそうか。千歳からしたら、きっとみんな、小さい、に分類されるんだ。

「あ、やーっと笑ってくれたばい。なして俺には笑ってくれんのかっち、思ってたんよ。」

一回吹き出すと、もう止められなくなって、何がおかしいわけでもないのに、笑いを止められなかった。そんな私を見て、千歳も笑うものだから、もうそれがさらに笑いを引き起こした。

千歳が苦手だった理由がわかった。千歳が、まるで可愛い女の子みたいに私を扱うから、どう反応したらいいのか、わからなかっただけだったんだ。

「いつもの警戒した猫みたいのんもよかばってん、やっぱり今みたいに笑ってるがいっちゃんむぞらしかね。」

自分の可愛くないとこばかり見つけてしまう私だけど、こんなに可愛い笑顔の大男が、可愛い、なんて言ってくれてるんだから、ちょっとくらい、自分を可愛いって思ってもいいかもしれない。

自分の考えがちょっとおかしくてまた笑うと、千歳も嬉しそうに笑った。





笑かしたモン勝ち企画

あやさんのリクエストで「身長の高い事を気にしている彼女が可愛くて仕方がない千歳」でした。

リクエストありがとうございました!


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