白石君と相合い傘
スーパーで買い物をして外に出ようとすると、雨が降っていた。傘ないやー、どうしよう、と立ち尽くしていると、ポンと肩を叩かれた。
振り返って後ろにいる人物を見て、驚いた。
「…白石。」
「なんでそんな驚くん。」
「白石って、スーパーとか来るんだ。」
「え、俺ってどんなイメージなん?」
笑いながら聞く白石に、真顔で答えた。
「オシャレなエコバッグを持って、オシャレなお店に行きそうなイメージ。」
で、名前もわからないようなオシャレな食材買ってそう、と続けると、どんなイメージやねんって笑いながら背中をバシッと叩かれて、少しよろけた。
「とうふとか買うで、もやしも買うでー。」
白石はシンプルなエコバッグの中身を見せながら、楽しそうにそう言った。
「おお、私の中の白石像が今生まれ変わっていく。」
「くっ、神崎の中の俺って、なんかオシャレな奴やねんな。」
「うん、オシャレで王子。」
で、努力家で、クラスメートってだけでこんな風に話しかけてくれるくらい気さくで、優しい、なんてことは照れくさいから言わないけど。
白石は、パサッと傘を広げて、ほな帰ろか、と笑った。
「白石、森へお帰り。」
「そのネタ千歳にやってみ。同士見つけたーって連れ去られて延々とジブリ上映会やで。」
実体験?と聞くと、白石は、バルス、と言いながら、楽しそうに笑った。
「テレビでやってたの次の日千歳に会って、滅びの呪文唱えたら、それから5本連続DVD上映会やってん。2本くらいが限界やな。」
嬉々として観る千歳君とぐったりした白石を想像して、ちょっとおもしろい画だなーと思った。
「ほら、なにボサーッとしてんねん。日ぃ暮れてまうで。」
「え、ああ、うん。」
腕をぐいっとひかれ、半ば引きずられるようにして、白石の傘に入った。
私が白石の隣に来たのを見て、白石は歩きだした。
「…傘ないって気づいてたんだ。」
「持ってなかったし。」
「折りたたみ持ってるかもしれないじゃん。」
「その鞄、折りたたみが入るくらい大きくないし。こないだ折りたたみはロッカーの置き傘にするって宣言しとったし。」
…本当よく見てると思う。さっきの白石の印象に一つ付け加えよう、洞察力が鋭い。
「てか、雨朝から降りそうやったやん。なして傘持ってへんの?」
「私が帰るまで持ちこたえてくれると思ってたんだけど、…気合いが足りなかったみたい。」
「ははっ、なんの気合いやねん。」
というか、同級生の男の子と相合い傘とか、普通だったらもっと照れそうなものなのに、どうして白石となら大丈夫なんだろう、と何気なく隣を見て、驚いた。
「わ、ちょっと白石!なんでそんな離れてんの!肩どころか、頭まで半分濡れてる!」
そりゃあ、こんだけ離れてたら照れるもなにもないか、なんて思いながらそう言うと、白石は傘を持っている手を示しながら笑った。
「大丈夫、左手は乾いてんでー。左足も。」
「なんでそれで大丈夫って結論に至ったのか甚だ疑問!…って、もう、笑ってないで、早くこっち寄ってよ。」
「せやな。」
白石はいつもの笑顔でそう言った。
「…白石。」
「ん、どないしたん?」
そう言いながら私を見下ろす白石の頭は、もう雨に打たれてはいなかった。そう、頭だけは。
「頭しか変わってないじゃん!肩びしょびしょじゃん!風邪ひいたらどうすんの!なんなの白石、そんなに私と離れたいの!じゃあ最初から傘入ってけとか言わないでよね、ばかーっ!」
そう言いながら白石の傘から飛び出ようとすると、白石に腕を掴まれ、また傘の中に入ってしまった。
「なにっ!」
キッと睨みながら振り返って、白石の近さと表情に驚いた。
「近づくのが嫌とかやなくて、…照れるやん。」
白石は若干赤くなった顔を隠すように、右手で覆った。ぴったりとくっついた肩から白石の熱さが伝わってきた。
「白石って、相合い傘で照れたりするんだ。」
私まで照れてしまったのを隠すように、なんでもないようにそう言うと、白石は、ふと立ち止まった。
なんだろう、と白石を見上げると、白石は、照れた顔のまま優しく笑った。
「好きな子と相合い傘とかしたら、そら照れるわ。」
好きな子、…好きな子っ?
「ほら、なにぼけーっとしてんねん。はよ行くで。」
「あ、うん。」
またゆっくりと歩きだした白石について、私も足を進めた。
そういえば、白石、すごくゆっくり歩いてくれてるなとか、自転車が来たらさりげなくかばってくれてるなとか。ああ、もう、だめだ。一回意識しだすと、もう照れくさくて仕方がない。
ちらっと白石を見ると、ちょうど私を見ていた白石と目があった。
白石は私が白石を見るとは思っていなかったのか一瞬驚いてから、ふわっと笑った。
「…おちた。」
「えっ、溝にっ?…ってそっち側溝ないやんな。もう焦らせんといてやー。」
おちたのは、溝なんかじゃなくて、恋に、だよ、ばか。
なんて、恥ずかしくて言えないから、ぷい、と白石と反対側を向いた。
白石は最初、え、怒ったん、とか焦っていたけど、私の紅潮した頬に気づいたのか、照れくさそうに、でも嬉しそうに笑っていた。