short | ナノ


焦って口走る一氏先輩


今日の晩御飯何かなー、なんて考えながら階段を降りていると、いきなりドンッという衝撃が走った。何かにぶつかられたんだと気づいた時には、もう体は宙に浮いていて、階段から離れた足と近づく地面を見て、痛いのはいやだなーなんて思いながら目をつむった。

「神崎!」

階段の上からダダダダッと走り寄る足音が聞こえ、とっさに手を伸ばすと、その人は私の手を掴んで抱き寄せた。力強い腕に抱きしめられ、ホッと一息ついた。よかった、大怪我するとこだった。

「どっこに目ぇついてんねん、このドアホ!危ないやろが!」

「ご、ごめんなさい!」

いきなり至近距離で怒鳴られ、思わず謝った。助けてくれたのはありがたいけど、この人ちょっと怖いよ、とびくついていると、その人は私が怖がっていることに気づいたのか、あ、すまん、と少し声を落ち着かせた。

「えっとな、神崎を怒ったわけやないねん。」

「え?」

じゃあ誰を怒ってたんだ、と思っていると、階段の上から赤い髪の毛の男の子が走り降りてきた。

「ほんまにかんにん、ねえちゃん!怪我ないか?」

そっか、この子にぶつかられて階段から落ちてたんだ、私。必死に謝る姿がいじらしくて、ちょっと微笑ましかった。

「大丈夫だよ、この人のおかげで怪我してないから。」

「よかったわー!」

満面の笑みで喜ぶ男の子の頭を、私を抱きとめてくれた人がバシッと叩いた。

「よかったわー、とちゃうで。いっつも白石に言われとるやろ、廊下走ったらアカンで、って。もう少しで神崎大怪我するとこやったんやからな。」

「うー、もうせぇへんから、白石には言わんとってー。」

「まったく、もうしたらアカンで。」

はーい、といい子な返事をして、男の子は去って行った。

助けて貰っておいて申し訳ないけど、初対面の男の子に抱きしめられるのは恥ずかしいから、そろそろ腕を離してくれないかな、なんて思っていると、頭上から、はあーと安堵のため息が降ってきた。

「ああ、もう、ほんま焦るわ。心臓止まるかと思った。」

「えっと、すみません。」

「神崎がおるわーって見とったらいきなり空飛ぶんやもん。一瞬、そっか神崎は天使やから空くらい飛ぶわな、とか現実逃避したせいで反応が遅れた自分をめっちゃ殴りたい。アホや俺はアホや。」

「いや、あの、助かりましたから、大丈夫です。」

…ん、あれ?なんで初対面なのに、私の名前知ってるんだろう。というか天使ってなんだ、天使って。

「あー、もう、怪我なくてよかった。」

「あ、あの、もう腕離して下さっても、大丈夫、なのですが、」

控えめにそう言うと、さらにぎゅっと力を込められた。逆、逆!力弱めなきゃいけないのに、力強くなってる!とツッコミたいのに、なんだかもういろいろと許容オーバーで、何も言えなかった。

その人はしばらく、どんなに焦ったかを語っていたけど、ふいに黙り込んだ。どうしたんだろう、と不思議に思って下から顔を見ると、その人は若干顔を青くして口を開いた。

「…アカン、やってもた。」

「何がですか?」

「アカン、俺、めっちゃかっこわるい、きしょい。」

階段から落ちたところを颯爽と助けてくれたこの人は格好悪くも気色悪くもなかったのに、どうしてそう思ったんだろう、と不思議に思っていると、その人は、ゆっくりと腕を離した。さっきまであれだけ離して欲しいって思ってたのに、実際に離されると、ちょっと寂しいと思ってしまった。

「面識あらへんのに名前知ってたりとか、ずっと姿見てたりとか、天使やとか、いろいろ堪忍な。」

ほな、気ぃつけて、と片手をあげて去って行こうとしたその人を、待って、と呼びとめた。

その人は、不思議そうに振り返った。

「名前、私も知りたいです。ほかにも、たくさん知りたいです。」

3段、階段を降りて、その人に近づいた。

「…一氏、ユウジや。」

「助けて下さって、ありがとうございました、一氏さん。」

改めてお礼を言うと、一氏さんは、ええねん、ええねん、と言いながらはにかんだ。

出会ったばかりなのに、不思議。この人のこと、もっともっと知りたい。

こういうのも恋の始まりになったりするのかもしれないなー、なんて思った。





笑かしたモン勝ち企画

そらさんのリクエストで「ユウジ先輩と甘めな話」でした。

リクエストありがとうございました!


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