short | ナノ


かまいたがりな財前先輩


放課後、図書室の扉を開けた。しんと静まった空気。まだ誰もいないみたい。テスト前以外は、いつもあんまり人いないしな。

今日は図書委員の当番だったんだけど、日直だったから少し遅くなってしまった。司書さんに伝えておいたから多分代わりに司書さんが座ってくれてるかな、と思いながら図書室の貸出カウンターに近づくと、司書さんではない誰かが俯せになって座っていた。

ゆっくり近づくと、「誰か」は同じく図書委員の財前先輩だと気づいた。今日は当番じゃないはずだけど、どうしたんだろう。

財前先輩の隣の椅子に座って、財前先輩をながめた。寝てるみたい。目閉じたら、よけいにまつげ長いや。

「部活、今日はないのかな。」

「委員会で遅れるって伝えとるから大丈夫や。」

独り言のつもりで呟いた言葉に返事が返ってきて、びっくりして思わず立ち上がった。

財前先輩の目はいつの間にかあいていて、私の腕をひっぱって、また椅子に座らせた。

「何逃げようとしてんねん。サボりか。」

「いや、違いますよ。えっと、財前先輩はどうしてここに?」

財前先輩は馬鹿にするような目で私を見た。

「アホか、図書委員やからに決まっとるやろ。」

「いや、図書委員っていうのはわかってますが、財前先輩今日当番じゃないですよね。」

「どっかの誰かさんが日直やなんやで遅れるらしいから、やっさしい先輩がその間当番したっててん。」

財前先輩は、あー、優しいなー、俺、と無表情で続けた。

「それは、どうも、すみませんでした。」

嫌みっぽい言い方のせいで素直にお礼が言えず、そう返した。財前先輩相手だと、いつもこうなってしまう。

「かわいないやっちゃなー。先輩優しい、おおきに!くらい笑顔で言えるようにならな、いつまでたっても彼氏でけへんで。」

「じゃあ、別に彼氏できなくていいです。」

財前先輩に、可愛くないとか、いつまでたっても彼氏できないとか言われるの、もう慣れっこだ。慣れても、悲しいのは悲しいんだけどさ。

泣いたりしないように、いつもみたいに目に力を入れていると、おでこをつんつんと突かれた。

「シワよってんで。」

「え、嘘!」

「おん、嘘。」

なんなんだろう、この人は。

「…もう、帰って下さって大丈夫です。どうもありがとうございました。」

「なんでやねん。俺おらんくなったら神崎寂しくて泣いてまうやろ。」

「いや泣きませんから。一切合切泣きません。」

財前先輩は、つまらなさそうな顔で、はぁー、とため息をついた。…私は、この表情が苦手だ。私といるとやっぱりつまらないんだって思い知らされて、泣きたくなる。そんな私の気持ちなんて知るよしもない財前先輩は、あー、かわいないー、と呟いた。

じゃあ、構わなきゃいいのに。そうしたら、財前先輩はつまらない思いをしなくて済むし、私だって、傷つくことを言われなくて済むし。

後輩をからかって遊びたいなら、隣のクラスの図書委員の子にしたらいい。素直だし、よく笑うし、財前先輩のこと素敵だって言ってたし。もしそうなったら、二人は付き合ったりするのかな。財前先輩は、可愛いなって言うのかな。笑顔を見せたりするのかな。…なんか、いやだ。

「おい、何黙ってんねん。」

「考え事です。」

「なんやねん、話しかけとんのに気にせず考え事って、ほんまかわいない。」

財前先輩は不機嫌そうに肘をついてあごをのせ、私と反対側に顔を向けた。

「そうですね、可愛くないですよ。」

「は?何卑屈んなってんねん。」

相変わらず、財前先輩は私に顔を向けないまま言った。卑屈になりもする。こんなに可愛くないとか言われて、笑ってられる子がいるなら会ってみたい。そしてその秘訣を教えて欲しいくらいだ。

「財前先輩が言ったんじゃないですか。ああ、でも、間宮先輩は、可愛いって言ってくれますよ。間宮先輩優しいなー。」

わざと嫌みったらしい感じに、図書委員長の名前を出した。これで私に腹を立ててくれたら、もう話しかけなくなるんじゃないだろうか、なんて期待を抱きつつ。

でも財前先輩は腹を立てたりせず、余裕たっぷりに、はっと鼻で笑った。

「間宮先輩は誰にでも可愛いって言うてんねん。タラシやな、タラシ。あんなに可愛いって言われて喜ぶとか、ないわー。」

「可愛くないって言ってくる人よりは、可愛いって言ってくれる人の方が断然いいですから。それに間宮先輩はタラシなんかじゃありません。」

だって、間宮先輩が皆に言う可愛いは、女の子って言うというよりも、妹に言うような可愛いだし。

肘にあごをのせるのをやめ、私の方を見た財前先輩に、今度は私が背を向けた。

「あー、もー、しゃーないなー。」

しゃーないって何がだ、とむくれながら思っていると、首の前に腕を回され、後ろに引っ張られた。思わず体勢を崩して後ろに倒れると、もう片方の腕で首の後ろを支えられた。びっくりした拍子に閉じていた目を恐る恐る開けると、視界には財前先輩の顔。早くここから脱出したいのに、動いたら椅子から落ちるんじゃないかという緊張感と、至近距離で財前先輩に見られているせいで、ぴくりとも動けずに固まってしまった。

「かわいないとか嘘や。ほんまはいちいち反応すんのが可愛くてしゃーないねん。」

「…はっ?」

「くっ、間抜け面。」

笑われて、思わずポカンとあいていた口を閉じた。

「なっ、やっぱり、からかってますよね。もう離して下さい。」

財前先輩は、首を支えてるのと反対の手で私の頭をポンと一回撫で、落ち着きーや、と言った。

「まあ、からかってるけど、」

「ほら!」

からかわれてるとわかって、落ち着いてられるか、と動こうとすると、財前先輩は私の首の下を支えていた腕を動かして、私の頭を財前先輩の鎖骨あたりに押し当てた。そのせいで、かろうじて椅子にのせていたおしりも、財前先輩の膝の上に移動してしまった。近い、近い。全体的に近い!なんで人を自分の膝にのせて平然としてられるんだ。

焦る私を見て、財前先輩はゆっくり顔を私に近づけた。

「からかってるけど、神崎が可愛いって言うたんは、ほんま。」

ありえないくらい至近距離で紡がれる声に、もうどうにかなってしまいそう。心臓ばくばくしすぎて怖い。なんか怖い。どうしたらいいのかわからなくて、思わずすがるように目の前のシャツをぎゅっと掴んだ。

「怖いん?」

「こ、怖い。」

「ええよ、しがみついとき。」

財前先輩は珍しく、軽口を叩かず、背中をポンポンした。

「いや、私が今怖いの、財前先輩なんですけど。」

だから怖い対象にしがみつくっておかしくないか。そうは思うのに、背中をポンポンする手が優しいからか、それとも財前先輩のシャツにしがみついてくっついてるのが落ち着くからか、離れられなかった。怖いのに落ち着くとか、なんだそれ。

「怖いやなくて、好きって言うねん、それは。」

「なんですか、それ。」

わけがわからない。怖いと好きは違うはずだ。好きっていうのは、もっと柔らかくて甘くて、…好きな人いないから、本当は知らないけど。

「今俺にくっついてて、嫌やないんやったら。そら、好きってことやな。」

「別に好きでくっついてるわけじゃありません。」

「じゃあ離れたいん?」

「…別に離れたいわけでもありません。」

財前先輩が、くっ、と笑うのが聞こえて、なんだかむくれてしまった。

「じゃあ財前先輩から離してくれたらいいじゃないですか。私動けないんです。」

「アホ、」

何よ、アホって、と財前先輩の鎖骨に押し当てていた顔を上げた。

「せっかく捕まえたんに、やすやす離すわけないやろ。」

そう言いながら、背中に回していた腕に力をこめた。ぎゅっと抱きしめられて、さっきよりも財前先輩のいい匂いが強く香った。

「次、可愛くないって言ったら、私怒りますからね。」

照れ隠しでそう言うと、財前先輩は、くっと笑った。

「神崎が俺にそっぽ向けたりせぇへんかったら、はなから言わんわ、そんなん。」

なんだかもっと恥ずかしくなって、シャツを掴む手に力が入ってしまった。シャツ、シワついちゃうかも。怒るかな。でも、そんな予想に反して、嬉しそうな声が私の耳の少し上から降ってきた。

「ぎゅって掴むんかわええ。」

その声は本当に嬉しそうで、優しくて、さっきまで怖いっていってたのに、つられて私まで嬉しくなってしまった。

ああ、もう、認めてしまおう。きっと、私も財前先輩が好きなんだ。

私が小さくそれを告げると、財前先輩はもっと嬉しそうに笑ってくれた。





笑かしたモン勝ち企画

みとさんのリクエストで「財前(先輩)×ヒロイン(後輩)の恋愛話」でした。

リクエストありがとうございました!


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