なかなかデレない財前君
「ざーーっいぜんっ!…ぐはっ、」
遠くに財前を見つけ、叫びながら飛びつくと、紙一重でかわされ、床とこんにちはしてしまった。
「なんでよけるんよ!痛いー、膝打ったー。歩かれへーん。」
見上げながら言うと、財前君は、はぁーっ、と盛大なため息をついた。
「よけるに決まってるやないですか。よけへんかったら今頃、俺ぺしゃんこっすわ。」
「ひ、ひど!女の子に言う台詞ちゃうで!」
財前はキョロキョロと誰もいない周りを見回して、不思議そうに首を傾げた。
「…女の子?」
「ここや!こ、こ!おるやん、目の前に女の子!」
床から立ち上がってそう言うと、財前は、ああ、すんません、と謝った。
「女の子に理想求めすぎてたみたいっすわ。先輩も女の子なんすね。…はあ。」
「なんなん、そのため息!ちょっと詳しく話聞かせてもらおか!私のどこが女の子やないっちゅーねん!」
「まあ、一般的な女の子は、人の背中から攻撃したりしないでしょうね。」
「攻撃してないやん!飛びつこうとしただけやって!」
な、せやから、攻撃ちゃう、と言うと、財前はまたため息をついた。
「それが攻撃やって言ってんすけど。」
「わかった!攻撃は攻撃でも愛の攻撃(ラブ・アタック)やな!…すまん、私が悪かったから、その目やめて。」
財前の目のあまりの冷たさに謝ると、謝るくらいなら最初から言わんとって下さい、と言われてしまった。おっしゃる通りです、はい。
「で、なんか用なんすか?」
そう聞かれ、気を取り直して、片手に持っていたものを差し出した。
「じゃーん!調理実習で作ったクッキーやで!」
「…はあ。」
「…反応うすっ!もう一回やり直し!」
いや、もう一回とかしなくていいっす、と言っている財前を軽くスルーして、ひっこめたクッキーをもう一度差し出した。
「じゃーん!調理実習で作ったクッキーやで!食べてなー!」
財前は、めんどくさ、と小さく言ってから、棒読みで、わー、嬉しいっすわ、おおきにー、と言った。
「なっんで棒読みなん!」
「すんません、俺、演技ヘタなんで。」
「演技て言うたな、自分、今演技て言うたよな!つまり、私の手作りクッキーなんて嬉しくないっちゅーことか!きーっ!」
「何してんの、二人。」
いきなり声をかけられ振り向くと、謙也が立っていた。
「あー、伊織先輩が一人で騒いでただけなんで、一緒にせんとって下さい。」
なんやて、と詰め寄る私を見て、謙也は、相変わらずやなー、と楽しそうに笑った。謙也はよく笑う奴やなー。うんうん、いいことや。
「あ、せや!財前にお手本見せたってや、謙也!」
ん、なんの?と不思議そうな謙也にクッキーを差し出した。
「調理実習でクッキー作ってん!」
謙也は差し出されたクッキーを見て嬉しそうに笑った。
「わー!なんやええ匂いするなーって思っててん!ええな!もろてええん?」
謙也のパーフェクトな反応を見て、わかったか財前、これやで、これ!と思っていると、横から伸びた手にクッキーの包みを取られた。
「あー、なんなん財前、今俺が貰おうとしとってんけど。」
残念そうに言う謙也を軽くスルーして、財前はいつも通りの表情のままクッキーの包みをあけ、バクバクと食べ始めた。
「もともと俺が貰ってたものなんで。」
「そーなん?なあ、なあ、うまい?一枚くれへん?。」
財前は謙也が手を伸ばすのより早く手と口を動かし、すべて食べきってしまった。
「あー、すんません。今ので最後やったみたいっすわ。」
「ぶっ、なんやそれ!まあ、ええわ!ほな、またなー。」
謙也はおかしそうに笑いながら去って行った。クッキー一枚も食べられへんかったっちゅーのに、まあ、ええわ、で流すとか、男前やなー。
「伊織先輩。」
遠ざかっていく謙也の背中を見ていると、財前に名前を呼ばれた。
「あ、どうやった?クッキー、うまかったやろ!」
どうせまた、はあ、とか気のない返事するんやろな。まあ、食べてもらえたしええけど。
「うまかったっす。」
「へ?…え、あはは、さよか!うまかったか!よかった、よかった!」
まさかうまかったって言われるとは思ってなくて、ちょっと照れてしまった。照れかくしに財前の背中をばんばん叩きながら、よかった、よかったと言っていると、ふいにその手を財前に掴まれた。
財前と目があって、思わず、息を飲む。
「せやから、俺以外には、あげんとって下さいね。」
「わ、わかった。」
私がそう答えると、財前は、ふっと笑った。
「約束っすよ。」
ほな、また、と言ってから去って行った財前の背中を見つめながら、自分のほっぺたを触った。
「…あつ、」
夏はまだ先だっていうのに、このあつさは、どうやらまだまだおさまることはないみたいだ。