short | ナノ


愛されてる実感のない白石君


うー、寒い。待ち合わせ場所、こんな寒い屋外にしなくて、もっとあったかいとこにしたらよかったかな、と思いかけたけど、今からする話の内容を思い出して、やっぱりここがいいと思い直した。あったかい、幸せな場所でなんてする話じゃない。そんな場所で話したら、きっともっと寂しくなるから。

時計を見ると、白石君が来る時間はまだ先だった。

こうやって待ち合わせするのも、もう最後だなんて、なんか不思議な気持ち。でも決めたんだから、がんばろう。

3ヶ月、楽しい夢を見られたな。楽しかった。でも夢なら、ちゃんと目をさまさなきゃ。

ふと、夢が始まった3ヶ月前のあの日を思い出した。


*


「白石君、」

「どないしたん?なんか用事?」

「手紙を、書いてきたので、もらってくれますか?」

「俺に手紙?おおきに。」

白石君は私から手紙を受け取ると、その場で封を開けた。

いやいや、直接言いにくいから手紙に書いたんだけど!

だけど、手紙を渡せた脱力感と目の前でそれを読まれている緊張感からか、足が動かなくなってしまい、私はそのまま手紙を読む白石君の前に立ち尽くした。

白石君はゆっくりと時間をかけて手紙を読んでくれた。

「神崎、」

「っ、なに?」

何を言われるんだろうとビクビクしている私を見て、白石君は柔らかく笑って、口を開いた。

「俺と付き合って。」

「え?…は、はいっ!」


*


あの時の私は、びっくりと嬉しいが入り混じりすぎて、声がひっくり返っていたと思うんだけど、白石君はそれを馬鹿にしたりなんてせずに、優しく、ほなこれからよろしゅうなって笑ってくれたんだ。そんな白石君を見て、やっぱり私はこの人が好きだなって思ったのを覚えてる。



「神崎、ごめん、待たせてもたな!」

すぐそばで聞こえた、記憶の中のじゃない本物の白石君の声で、現実に引き戻された。

「ううん、そんなに待ってないから大丈夫。」

白石君より先に来たかったから結構早く来たんだけど、考え事をしてたから、待っているのはあっという間だった。…「あっという間」で思い返せちゃうような、私と白石君の薄い思い出に、ちょっと泣きそうになったけど、気づかないふりをした。泣くのは、家に帰ってから。

「大丈夫て、ほっぺ赤なっとるやん、寒かったやろ。」

そう言いながら白石は私の頬に手を伸ばし、触れる前に、すっと手を下ろした。

白石君は、私に触れない。今みたいに手を伸ばしかけても、触れる前に、何故か手を引っ込めてしまう。その動作があまりに自然すぎて初めは気づかなかったけど、3ヶ月も一緒にいたら、嫌でも気づく。

白石君は、私が好きな笑みをふわっと浮かべて言った。

「伊織から休日に会おうやなんて言ってくれるん、久しぶりやな。」

「そうかな?」

そうかな、なんて言いながら本当は自分でも「休日に会おう」って白石君を誘うのが久しぶりだなんてこと、気づいてる。

付き合ってすぐの時は、結構頻繁に白石君を誘っていた。映画、植物園、水族館、タコ焼き屋さん、他にもいろいろ。

白石君はその度に、嫌がるそぶりは見せずに笑ってくれてたけど、白石君から私を誘ってくれたことはないと気づいてから、誘うのをやめた。

私が誘うのをやめてからも、白石君から誘ってくれることはなくて、やっぱり今までのは私が誘うから仕方なく付き合ってくれてたんだなって思った。

「せっかくの休日にごめんね。今日は白石君に言いたいことがあって。」

そう言うと、白石君の顔が、ぴくっと一瞬強張ったような気がした。でもそれは気のせいだったみたいで、白石君はすぐにいつもの笑みに戻った。

「なんやなんや、そんな改まって。」

「うん、あのね、今日で白石君とこうやって会ったりするのはおしまいにしようと思って。」

「どないしたん?なんか忙しゅうなったん?」

私の言葉の意味に気づかないのか、白石君はいつも通りに返した。

その問いには答えず、続けた。

「電話も、メールも、やめようと思って。」

白石君はまた一瞬強張ったような顔をしてから、すぐにふわっと優しく笑った。

「そんな忙しいならしゃーないな。なんか俺が手伝えることあったら言ってや。」

なんでこんなに通じないんだ。白石君って、こんなに鈍かったっけ。

「あのね、白石君、」

「忙しいんやんな。」

はっきりと言おうと意気込んだ私の言葉は、笑顔の白石君にあっさり遮られた。

「忙しいだけやんな。そうやんな。ほんならしゃーないな。」

だから違うんだって、と言おうとしたけど、白石君の笑みから隠しきれない不安が見えてしまって、口をつぐんだ。

「伊織は頑張り屋さんやから、忙しいんやな。せやけどあんま無理したらアカンで。」

「…うん。」

別れよう、の一言さえ白石君に流されて言えない私は、きっと頑張り屋さんなんかじゃない。

でも、白石君はなんで私を引き止めるような事をするんだろう。

罪悪感かな。それとも寂しいのかな。でも、きっと別れた方がいい。だって私は、こんな時でさえ、白石君の気持ちがわからないんだから。もっと白石君の気持ちをわかって、そっと寄り添ってくれるような女の子の方がいいんだよ。

まずはご飯でも食べよかって歩き出した白石君に向かって声を出した。

「白石君、別れよう。」

白石君は振り返らなかった。

なんだ、口に出してみたら、案外簡単なものだ。

白石君は、私から数歩離れたところに立ったまま振り向かずに言った。

「別れ、るん?」

「うん。今までありがとう。なかなか切り出せなくて、ごめんなさい。」

さよか、今までおおきになって、笑ってくれないかなって思った。最後に私に向けてくれた表情が笑顔なら、私はそれだけで幸せだから。

「なあ、どうして切り出せなかったん?」

そんなことを聞かれるとは思っていなくて、振り向かないまま言った白石君の言葉に面食らった。

「どうしてって、…言いにくかったからだよ。」

「なんで?」

なんなんだ白石君は。なんで、なんて、そんなのわかりきったことなのに。

「別れたくなかったからだよ。白石君が好きだから。」

白石君はやっと振り向いた。その顔はとても驚いた様子だった。…珍しい。最後に笑顔、は無理だったけど、最後にこんな珍しい白石君を見られたなら、それはそれでよかったかもしれない。

私はなんだか体から余分な力が抜けて、ふっと小さく笑いながら続けた。

「白石君からデートに誘われることはないって気づいても、手も繋いでくれないって気づいても、それでも白石君のそばにいたかったんだよ。」

白石君は無言だったから、私はさらに続けた。

「でも、それも今日でおしまい。今日ね、ちょうど付き合って3ヶ月目なんだ。白石君にとったら別になんてことない日だろうけど、こんな節目にでものっからないと、言い出せなかったんだ。」

もう一回、今までありがとう、と言うと、白石君は、口をゆっくり開いた。

「伊織、俺のこと、好きやってんや。」

白石君は、半ば放心したようにそう言った。

なんの冗談だろうか。告白だって私からだったのに。

「俺、伊織、俺のこと、好きやないんやって、思ってた。」

どうして白石君はそう思ったんだろう。わからない。

「付き合ってって言うたんも俺からやし、初めの頃は誘ってくれてたデートもだんだんなくなるし。」

やっぱり私には、白石君の考えていることは全然わからない。でも一つ、気になることがあって、私は口を開いた。

「告白、私から、だよね?」

そのはずだ。手紙渡したし。

白石君は眉を下げて考えるような顔をした。

「いや、俺からやな。」

「そんなことないよ、私手紙渡したし。えっと、その、ラブレターを。だからやっぱり私からだよ。」

「え、…あれ、ラブレターやったん?」

「…え?」

数秒間沈黙が流れた。

「う、うわぁああん!ラブレター、一生懸命、書いた、のにっ!全然、伝わっ、て、なかったぁあ!」

さっきまでの落ち着きが嘘みたいに、私は泣き崩れた。
というより、さっきの落ち着きは、嘘だったんだ。別れようっていうのが案外簡単だとか、そんなの全部ぜんぶ嘘だ。

「すっ、すまん、伊織!泣かんとって、な、な?」

へたりこんだ私に合わせて白石君もしゃがんだ。あたふたと慌てた白石君は、泣かんとって、と繰り返しながら、私の頭をぎこちなく撫でた。

白石君に触れられるのは、初めてだ。

私の涙が少し収まったのを見て、白石君は恐る恐るといった感じに切り出した。

「伊織、あれラブレターやったんやな、…うわぁ、泣かんとって!大丈夫、わかったから、あれラブレターやんな、うん!」

話の途中でまた泣きそうになった私を見て、白石君は慌てて言い直した。

「えっとな、最初伊織に手紙渡したいって言われた時は、きっとラブレターやって内心めっちゃ喜んどってんけど、読んでみたら、純粋に、いつもありがとう、これからも仲良くして下さい的なことだけで、好きとか、付き合ってとか、そんなん一切書いてへんかったし、俺の気のせいやってんなって思って。でも手紙くれるってことは嫌われてはないやんなって思って、付き合ってって言うてん。」

白石君がそんなふうに思っていたなんて、全く知らなかった。

「でも、なんで、じゃあなんで、白石君から休日に会おうって言ってくれなかったの?」

「最初は、伊織から誘われんのが嬉しくて。誘われへんようになってからは、きっと伊織は俺に愛想尽かしたんやなって思って、誘えへんかってん。」

白石君は、そこまで言うと俯いた。お互いしゃがんで目線が同じだから、俯かれると表情わかんないや。

「白石君、」

声をかけると、俯いたままの白石君の肩がぴくりと動いた。

「私、白石君の考えてることわかんない。私が白石君に愛想尽かしたんじゃないかなんて白石君が考えてることも、さっき初めて知った。」

無言の白石君の肩に手を置くと、白石君は驚いたように顔をあげた。

「でも、それでも白石君が好きなんだ。白石君のまとう空気が、すごく心地好くて、大好きなんだ。」

「伊織、」

「だからね、こんなに白石君のこと理解できてない私だけど、白石君がゆるしてくれるなら、もっと一緒にいたいって、…別れたくないって、思ってるんだけど。」

白石君は泣きそうな笑顔で言った。

「俺も、伊織の考えてること、全然わかってなかった。せやけど、頑張ってわかるようにするから、せやから、伊織、俺と付き合って?」

「っ、はい!」

白石君はまたぎこちない手で私の頬に触れ、涙を拭ってくれた。

なんで今までは全然触ってくれなかったの、と聞くと、嫌がられんのが怖かってん、と返された。

「嫌がんないよ。」

「そうみたいやな、よかった。」

緊張がとけたからか、なんだかお互い笑いが込み上げてきてしまった。

「寒いな。」

「そうだね、もっとあったかいとこで話せばよかったね。」

唐突にそんなことを言った白石君にそう返すと、白石君はふわっと笑った。

「いや、寒くてよかった。…やって、そしたら、手ぇ繋ぐ理由ができるやん。」

な?と笑って、白石君は私の手をとった。

理由なんて、繋ぎたいってだけで十分なんだけど、白石君の嬉しそうな笑顔と繋がれた手の体温が嬉しくて、私も、うん、と頷いた。


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