自然に包みこんでくれる財前君
ばっと目を開けた。飛び込んできたのは真っ暗な世界。怖い。
しばらく目を開いたままにしているとだんだん目が暗闇に慣れてきて、周りの状況が把握できた。
私がいたのは、自分の部屋よりはシンプルな内装の、でも自分の部屋と同じくらい落ち着く光の部屋のベッドの上。隣には静かに眠る光。
そっか、さっきのは、夢か。
ふう、と息をゆっくり吐いた。夢とわかっても、心臓はまだバクバク言っているし、寒くなんてないのに体は震える。なんだかもう泣きそうだ。
「伊織?どないしたん、寒いん?」
寝ていると思っていた光にいきなり声をかけられ、思わずびくっとした。光の方を向くと、光はまだ完全には目が開いていなくて、やっぱりさっきまでは寝ていたみたいだった。もしかして私が起こしちゃったのかな、と思っていると、光は寝ぼけた様子で私の腰を引き寄せ、自分にぴったりとくっつかせた。
「伊織?」
黙ったまま返事をしない私を不思議に思ったのか、光はまた私の名前を呼んだ。
「うん、ちょっと、寒いかも。」
「さよか。」
本当は寒くなんてないんだけど、怖い夢を見て震えてるなんて、そんなの素直に言えなかった。…可愛くないな、私。
「ちょっと起きてあったかいの飲んでくるね。」
「ん。」
ん、とあいづちを打ったのに、光は私を抱きしめたまま離さなかった。
「腕離してくれないと、出られないんだけど。」
「ええやん、出んくて。」
あったかいの飲んでくるってさっき言ったのに。もう、光、やっぱり寝ぼけてる。しょうがないな、と起きるのをあきらめて、体の力を抜いた。光の体にぴったりとくっついているおかげか、だんだんと体の震えはおさまっていった。
「出んくてもええよ。俺の腕ん中、めっちゃ安全地帯やねん、伊織限定でな。寒いんも怖いんも、なんもあらへん。」
思わず、黙ってしまった。
寝ぼけてるのかと思ってたけど、もしかしたら光、私が怖い夢見て起きたのに気づいてるんだろうか。なんて言ったらいいのかわからなくて、そのまま黙っていると、光は優しく私の髪を撫でた。
「怖くない、怖くない。せやから、おとなしく抱きしめられとき。」
やっぱり、光、気づいてたんだ。
素直に言えない私の気持ちをちゃんとわかってくれてること。はっきりと口に出して甘えられない私を責めたりせず、自然に包みこんでくれること。それが嬉しくて、愛しくて、涙が出そうになった。
「ごめんね。」
「ん、なんで謝ってんねん。」
光が本当に不思議そうに言うから、たじろいだ。
「だって、私いつも素直じゃないし、うまく甘えられないし、…なんか、可愛くない。」
ほんまやで、とか言われたらどうしよう。自分から言っておきながら、さっき怖い夢を見て震えていた時よりも怖くなった。
光はそんな私の不安を吹き飛ばすように、おかしそうに笑った。
「素直で可愛いやん。さっき抱き寄せた時やって、離さないでって言うみたいにぎゅっと俺の服掴むし。」
言われて初めて、自分が光の服を掴んでいることに気づいた。慌てて手を離そうとすると、それよりも早く、光の手が私の手をそっとおさえた。
「離さんといてや、嬉しいんやから。」
そう言いながら光は、本当に嬉しそうに笑った。
光は、私のこんな些細な行動に気づいて、素直だって言ってくれるんだ。可愛いだなんて、言ってくれるんだ。なんだかすごく恥ずかしかったけど、それ以上に嬉しかった。
「…ありがと。」
少しは自分から素直になろうと、光の鎖骨あたりにおでこをコンとあててお礼を言うと、光は優しく笑いながら、ん、と一言返事をした。そのたった一言の返事に、優しさがたくさんつまっている気がして、ふわーっと幸せが私の中に広がった。
気づいたら、さっきまでの怖さなんて、もうどこかに行ってしまっていた。
「朝までまだまだ時間あるし、ゆっくりしとき。」
光の優しい声と、頭を撫でる手の心地好さに身をあずけて、またそっと目を閉じた。もう次は怖い夢なんて見ないはず。だって、光の腕の中は、世界で一番安心できるところなんだから。